◇Moral Hazard  1 








イタリア、都会からは少し離れた、周囲が森に囲まれた中世の古城。
いつものようにそこ――ヴァリアーのアジトのある古城を訪れると、山本は誰にも気付かれないようこっそりとスクアーロの私室へと忍んでいった。
ヴァリアーのアジトで在るからセキュリティは万全である。
が、そこはスクアーロとは以前から親しく交流をしている山本、セキュリティを潜り抜けて内部へ侵入する特別の秘密の通路を探り当てていた。
それはリングの力で己の存在を隠すというもので、雨属性のリングを持つスクアーロがそうやって他の隊員や幹部に悟られないで出入りしているのを見て真似をしたものである。
山本にしかできない事なので、スクアーロも黙認していた。
イタリアにやってきて数日。
綱吉から頼まれた任務も終わり、日本に帰るまでのあとの日程は空白である。
その間、スクアーロの所で剣の稽古でも付けて貰おうと思っていた。
スクアーロとは今では気安くなんでも話したり相談できる間柄である。
元々さっぱりした気性のスクアーロは山本が気に入ったらしく、いろいろと便宜を図ってくれる。
ヴァリアーに出入りしていても他の幹部やザンザスが特に文句も言わないのは、スクアーロが多分に山本をかばってくれているからだ、という事も分かっていた。
「スクアーロ、もう寝てっかな?ま、泊めてもらってもいいよな」
今までも夜中に訪れて、スクアーロの部屋に泊めて貰った事もある。
今回もそのつもりで身体一つでヴァリアーの古城へと潜り込み、スクアーロの部屋の外から、バルコニーを伝って入り込む。
スクアーロの部屋は古城の一角、東南角にあった。
身軽に城をよじ登ってバルコニーに降り立つと、縦長の古い窓を押す。
窓は鍵がかかっておらず難なく開いた。
不用心ではあるが、だいたいこの窓を開けるような不貞な輩は存在しないし、もしいたとしても、それはスクアーロの敵ではない。
あっと言う間に殺されるだけだ。
もしくは殺されないとしたら、山本のように最初から許容されている者だ。











「スクアーロー?」
窓をぎぃ、と開けて小声で呼ぶと、少し経って寝室の方から物音がした。
「ああ、山本かぁ?」
「また遊びにきたぜー」
「テメェ結構暇なのかぁ?」
スクアーロが軽い欠伸をしながら寝室から出てきた。
バスローブをだらしなく羽織っている。
「この間も来たじゃねぇか。ジャッポーネの方は大丈夫なのかぁ?」
「まー、あっちは心配いらねぇって。また何日かここにいていいだろ?」
「まー構わないけどよー」
「新しい技ちょっと考えたんだ。スクアーロに見てもらいたくてさ」
「お、そうか?じゃあ、明日見せてもらうか」
スクアーロが目を輝かせた。
「とりあえずオレも眠いから寝て言いか?」
「あー、っと、すまねぇ、山本」
スクアーロが眉を寄せた。
「…ん?」
「こっちに寝てもらって良いかぁ?ソファだと寝にくいと思うけどよぉ」
「別にどこでも寝かせてもらえればいいぜ?」
「すまねぇなぁ。長旅で疲れてっと思うけど、ベッドが塞がっててなぁ」
「ザンザスか?」
「あー。まー、ボス、今日はオレの部屋に泊まったんだぁ」
「……じゃあ、オレいると邪魔しねぇか?」
「いや、もう寝てるし」
スクアーロとザンザスが上司と部下の関係だけでないことは、山本にもとうに分かっていた。
たいていはザンザスの部屋の方にスクアーロが行って泊まったりなんだりしているようだが、たまにザンザスがスクアーロの部屋に来る事もある。
今日がそうらしい。
それで寝室の方ではなく、手前の居間で寝てくれ、と言われたわけだ。
山本は肩を竦めて笑った。
確かにイタリアでの任務を急いで終わらせて、その足でヴァリアーの古城のあるこの街までやってきたから疲れていない事はないが、そのぐらいなんでもない。
「つうかよぉ、山本疲れてったろ。おまえベッドで寝て良いぜぇ?オレぁソファで寝るからよぉ」
「えー!」
ところが突然スクアーロがとんでもない事を言い出した。
「ボスさん寝てっけどベッド広いから大丈夫だしなぁ。ゆっくり手足伸ばして寝てろー」
「い、いや、遠慮するって!ザンザスの隣とか怖くて眠れねぇー」
「山本のくせにボスさんが怖いのかあ?」
山本の弱音を聞いてスクアーロがにやにやした。
「そりゃ知らなかったぜぇ。お前に怖いもんなんざねえと思っていたがなぁ!ボスさん、寝てれば大人しいから大丈夫だぁ。別にとってくったりしねぇしよぉ?」
「じゃあ、スクアーロも一緒でいいじゃねぇか。スクアーロのベッドすげー広いし、3人ぐらい寝られるんじゃねぇ?」
「あーそういやそうだな。じゃあ、そうすっか」
山本も後になって考えるとなんであんな提案をしたのか、とは思ったが、その時はとにかく、スクアーロの申し出を断るのも悪いし、かといってザンザスと二人で、とか絶対遠慮したかったのだ。
「じゃあ、シャワー浴びて着替えてこい」
バスローブを手渡されて、山本はシャワー室に向かった。









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