◇ヤキモチ 1   







先日からスクアーロは悩んでいた。
何に悩んでいたかというと、それより前までは自覚していなかった自分の感情についてである。
つまり、この間ルッスーリアが山本の名前を呼んでいた、という事から発した自分の気持ち。
――すなわち、『山本が好きだ』、という事である。
その好きは、剣の才能のある自分の弟子として好き、とか、気に入っている、というのではなかった。
今まではそれだと思っていたのだが、そうではなかった。
恋愛感情だったのだ。
というのが分かったのも、スクアーロにとってはかなりの衝撃であった。
自分がまさか8歳も下の、しかも同性に恋愛感情を抱くとは。
まぁ、年齢差は許容範囲、…としても、同じ男というのは。
……これはどうなんだろう。
考えてみると、スクアーロは今まで、はっきりとした恋愛感情というのを他人に対して持った事が無かった。
勿論、正常な男性であるから、身体の発達に伴って性的な欲望は普通にある。
大抵は剣の修行でそれを昇華させていたが、たまに我慢ができなくなると、ふらっと街に出て、後腐れのない娼婦を買ったり、あるいは手っ取り早く部屋で一人で処理していたりする。
任務で外国に行った時などは、外国である、という気安さもあってか、女を引っかけて一夜の楽しみに耽った事もある。
が、ヴァリアーの城にいる限り異性と知り合う機会も殆ど無く、またそういう気も起きなかったので、女と真面目に付き合った事は無かった。
恋愛についても特に気にした事もなく、自分には剣があるし、何よりもザンザスという存在が居たので、恋愛などしている暇もないと思っていたのだが…。
「うーん…」
自室のベッドに寝転がって、スクアーロは唸った。
(武、か………)
――山本武。
考えると、ヤバイ。
どういう風にヤバイかというと、下半身がずきん、とする。
つまり、山本の事を考えると、身体が反応する。
耳元で囁かれた声とか、吹きかけられた息とか、抱き締められた時の山本の体温とか……。
そういうのを思い出すと、身体の芯にぽっと火が点いたように熱くなってくる。
「やべぇぞぉ…」
もそもそとベッドの中で右手を伸ばして、寝着のズボンの中に手を差し入れる。
馴染みのある感覚と、其処が既に半勃ちになっているのを改めて手で確認して、スクアーロは更に唸った。
つまり、男に欲情している、という事だ。
男というか、山本にだ。
『スクアーロ…』
耳元で囁かれた時の声が、何度も脳の中でリプレイされる。
その度に胸の中に甘酸っぱい、何とも言えない感情が沸き上がってきて、どこか切なくなる。
もう一度会いたくなる。
会って、囁いてもらいたくなる。
抱き締めてもらいたくなる。
あの、自分よりもちょっと高い体温を感じて、それから清涼な若々しい彼の体臭を嗅ぎたい。
(ゔお゙ぉい、オレぁ変態かよぉ…)
とは思うのだが、理性でどうにかなるものでもない。
右手に感じるペニスはすっかり勃起している。
スクアーロは被っていた毛布をはねのけ、寝着のズボンを膝まで下ろした。
「ちっ…」
小さく舌打ちしつつも、すっかり育った茎を根本から握る。
「ゔ……っ!」
ズキン、と脳髄まで突き抜けるような快感が襲ってきて、そこからはもう、夢中になった。
左手も使って、茎の根本の袋をやんわりと転がす。
義手の冷たい感触も、反対に心地良い。
下から掬い上げるようにして転がしながら、右手では、硬い肉棒の根本を掴む。
そこから絞るようにしてぎゅっと雁首まで指を動かしては、その動きを速めていく。
「ん゛っ……ううっ…!」
『スクアーロ…』
山本にはまだ、そのぐらいしか言ってもらっていないから、その言葉だけが何回も頭の中でリプレイされる。
「武……タケシっ…」
名前を呼ぶと更に興奮が増して、スクアーロは顎を仰け反らせて目を閉じた。
目の中で純白の花火がぱっぱっと光る。
迫り上がってくる情欲のままに手の動きを速め、絶頂に達しそうになって息を詰める。
一気に扱き上げては先端を引っ掻く。
「うううっっ!!」
脳内で何かが軽く爆発したような衝撃とともに、全身が震え硬直し、スクアーロは自分の手の中に勢いよく熱い白濁を迸らせた。
「はぁ……」
胸を大きく上下させて、何度も呼吸をしながら、射精の余韻に浸る。
傍らのティッシュを取って亀頭に被せ、白濁が垂れないようにし、暫くベッドに沈み込んで余韻に浸った後、スクアーロは上体を起こした。
「あ゛ーあ……」
今までだって自慰は何度もしているし、はっきり言って生活習慣の一つとさえ言える程でもあった。
しかし、今回のそれは、明確に思い浮かべた相手が山本なだけに、スクアーロにとっては終わった後の微妙な罪悪感が胸に痛かった。
罪悪感というか、切なく甘酸っぱい胸の詰まるような気持ちだ。
山本は、自分の事をどう思っているのだろうか。
嫌いではないし、慕われているとは思う。
でなければ、わざわざ日本から何度もイタリアにまでやってくるはずがない。
それに、確実に、自分を見るときの山本は嬉しそうで、自分が話しかけると表情も輝く。
だが、それは、単なる師弟関係、尊敬する師として見ているだけなのではないか。
(いやいや、でもこの間はオレを抱き締めたぞぉ…)
……いや、あれだってただの親密表現の一つかもしれねぇ。
(日本人はでもあんなに激しいスキンシップするかぁ?)
分からないが……でもちょっとは望みがあるんだろうか。
……望みってなんだぁ?
山本に好きって言ってもらいてぇのかぁ?
……分からねぇ。
でもとにかく、自分は山本が好きだ。
好きだって事は結局、それだけじゃおさまらない。
こんな風に………。
スクアーロは濡れた掌を広げてみた。
精液特有の匂いが立ちこめて、微かに眉を顰める。
ティッシュでごしごしと拭いて、それをゴミ箱に放り投げると、仰向けにベッドに倒れ込む。
もっと、触れて欲しい。
キスがしたい。
(キスだとぉ……?)
考えただけで頬が赤らむ。
恥ずかしい。
何が恥ずかしいかと言うと、キスがしたいとか、そんな少女のような事を考えている自分が恥ずかしいのだ。
だが、キスがしたい。
触れて欲しい。
抱き締めて囁いて、好きだと言って欲しい。
「ゔお゙ぉい……変だぞぉ、オレぁ…はぁ……」
(こんなのオレじゃねぇ!)
とは思うが、甘酸っぱく痛む胸にはどうしようもない。
「……くそっ!」
枕を掴むと、スクアーロはそこに力のないパンチを叩き付けた。






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