「じゃあ、僕と、…セックスしてくれますか?」
「…は……?」
僕がそう言うと、おじさんは一瞬目を丸く見開いて、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
そんなおじさんの顔を見ていると、滑稽過ぎて笑いたくなった。
全く、酷い茶番だ。
下らないにも程がある。
でも、ここで彼に一撃を与えておかなければ。



こんな僕に近づこうなんて、もう金輪際、思わないように。
僕を見捨てるように。








◆お願いだから◆ 1








事の発端はおじさんのしつこい誘いだった。
それは僕の誕生日に関してだった。
彼は僕の誕生日にプレゼントをと考えていたようだが、その一件が強盗事件と重なって、そのせいで彼の思う通りの誕生日の演出ができなかった。
その件に関して、おじさんは随分と思い残しがあるようだった。
それで事有る毎に僕に、誕生日に何か欲しいもの無いか、と聞いて来た。
もう僕の誕生日は過ぎ去ってしまったし、取り敢えずお祝いらしきものはしてもらったから、僕は何も要りません、と答えた。
けれどおじさん的には、それでは満足していないようだった。
僕は、と言えば、はっきり言ってそういうのは迷惑だった。
おじさんが他のヒーロー仲間を巻き込んで誕生日のサプライズ、なんて考える事自体迷惑だ。
そういうのは苦手だ。
だいたい、ヒーロー仲間とは言え、仕事上の同僚でしかない。
プライベートまで一緒に過ごさなければならない理由など無い。
おじさんや、おじさんの親友らしいロックバイソンのように、みんなで仲良く楽しくやりたい連中は、そういう風にすればいい。
でも、そこに僕を巻き込まないで欲しい。
はっきり言って、僕はそういう付き合いが苦手だし、実際どうしていいのか分からないのだ。
それは、僕が密かに劣等感を抱いている部分でもあった。
他人に開けっ広げに自己開示したり、仲良くしたり、…そういうのはうまくできない。
特に職場の同僚のように中途半端な近さの間柄が、一番苦手だった。
同僚なら同僚らしく、仕事上の相手という立場でだけ付き合いたい。
そうじゃなくて、例えば今回の誕生日のサプライズ、などと言うように中途半端にプライベートに踏み込まれると、僕はどうしたらいいのか分からなくなる。
例えば、プレゼントをもらって僕が喜んだとする。
そうしたら僕はその後どう振る舞ったらいいんだろうか。
プレゼントをもらって喜んで、次の日職場で同僚に会ったら、そうしたら僕はその後ずっとその同僚と仲良くしていなければならないのではないか。
にこにこして、まるで幼なじみの友達のように。
それ以後は自分もプレゼントを考えたり、サプライズを考えたりしなくてはならないのではないか。
そういうのがとてもとても煩わしく、しかも自然にできるとは思えず重荷だった。
小さい頃から学生の頃も含めて、僕はずっとそうだった。
だから学校なら学校で表面的な友人はできても、プライベートまでぐっと踏み込んでくるような親しい人間はできなかったし、意図的に作らないようにしていた。
困るんだ。
一旦仲良くしてしまって、その後、その親密さが続かなかったら。
或いはずっとその親密度を保ったまま付き合い続けなければならないとしたら……そういう努力を続けるしかない。
それが苦痛だった。
きっと普通の人たちはそれが苦もなくできるんだろう。
ある時は誤解したり、ある時は仲違いをしてずっと口をきかない時もあるかも知れない。
それでもそんなわだかまりを気にせずまた元のように付き合う、そういう事ができるんだろう。
でも、僕はできない。
一旦関係が壊れたらどうしたらいいのか分からないし、一旦仲良くなったらその仲良さを保つために僕は途轍もないエネルギーを注がなくてはならない気がする。
そんな風な僕の気持ちを知ってか知らずか、とにかくおじさんはずかずかと僕のプライベートに踏み込んできた。
僕が嫌がっても不機嫌な顔をしても、あるいは皮肉を言っても、たじろがない。
それどころか僕をからかったり、今回の誕生日のように突然のサプライズをしたりしてくる。
そんな事をされるたびに僕はどうしたらいいのか分からなくなった。
彼と、できるだけ接触したくない。
が、仕事上の相棒であるからそういうわけにも行かない。
むしろ出動の要請がかかってヒーローとしての仕事をしている時の方が、ずっと楽だった。
スーツに身を包んで素顔を隠してしまえば、そこには素の僕とおじさんがいるわけではなく、ヒーローとしてのバーナビー・ブルックスJr.とワイルドタイガーとしての彼がいるだけだ。
その方がずっと楽だ。
ヒーロースーツを脱いだらその後はもう接触したくない。
それなのに彼は何かと話しかけてきたり、僕がトレーニングをしていると傍に寄ってきたり、更にはしつこく飲みに誘ってきたり。
僕が断ったり避けたりしているのに全く挫けない。
その打たれ強さは殆ど尊敬に値するぐらいのものだった。
けれど、本当に嫌なんだ。
彼が次は何をしてくるだろう、そう思うと……。
怖い。
この僕が怖いと思うなんて…。
内心忸怩たる思いを抱えて出社すると、やはりそこでも彼が話しかけてくる。
他の人の手前話さないわけにも行かないし、そうかと言って、これ以上仲良くされるのはとても困る。
なんでこんな思いをしなくてはいけないのか。
ほっといてほしい。
とにかく彼は鬼門だ。
けれど、最近は僕も彼の誘いの三回に一回ぐらいは乗ってしまう。
何故だろう。
今日、帰りにメシでも食ってかねぇ?とか、ちょっと飲みに行こうぜ、などと誘われると、断り切れない。
そういう自分の変化に戸惑うと共に、僕は不安だった。
これ以上僕の中に踏み込んでこないでほしい。
前に比べて僕のガードが緩くなっているのが分かる。
自信がない。
今まで彼みたいに、僕の中にずかずかと踏み込んでくる人間がいなかったから、僕は僕として、完璧なバーナビーブルックスJr.として振る舞う事ができた。
それなのに、その、完璧なバーナビー・ブルックスJr.としての殻を壊されたら、僕はどうなってしまうんだろう。
いや、他の人間に対しては大丈夫だ。
けれど、彼…鏑木虎徹に対してだけが、自信がないのだ。
今日は彼がやはり帰りがけに飲みに行こうぜと誘ってきた。
彼はどうしても僕に何か誕生日のプレゼントをもう一つ上げたいようなのだ。
僕がいらないいらないと言い続けていると、じゃあ俺が奢るから飲みにいこうぜと誘ってくる。
何回も誘われるんだったらプレゼントをもらってしまった方がいいのだろうか、とも考えたが、何か貰うと途轍もない借りを作るようでそれも怖かった。
とにかく怖いのだ。
今日も飲みに行こうぜ、と言われた。
なので、それなら僕の部屋に来ませんか、と反対に誘ってみた。
彼は嬉しそうに顔を綻ばせて付いてきた。
帰りがけに、ワインと焼酎をいくつか、それとチーズなんかの軽いつまみを買い込んで。
そうして僕の部屋にきて、酒を飲みながら彼が真顔で聞いて来たのだ。
「そろそろ真面目に考えてくれよ、何か欲しい物はねぇか? なんでもいいから言ってみろ。おじさん、がんばってバニーちゃんの願いを叶えるからさ?」
ソファにだらしなく座り込んで、そう言って僕を覗き込んでくる。
だから僕は、僕は……。









なんであんな事を言ってしまったのだろうか…。
おじさんの驚きで固まった顔を見ていると、今日の昼間の事が思い出された。
そうだ、あれが原因だ。
昼間おじさんがロックバイソンと雑談をしているのを聞くともなしに聞いたんだ。
おじさんは、雑誌を見ていた。
女性向けの週刊誌だ。
そこには、抱かれたいヒーローは!という、下品な見出しが躍っていたらしい。
どうやら読者投票でランキングが載っていたようだ。
「おいおい、バニーが1位だぜ、どうなってやがるんだ!」
「いやぁ、まぁ妥当なんじゃないのか?」
ロックバイソンが言う。
おじさんは不服そうに鼻を鳴らした。
「んな訳ねーだろ、なんで俺が最下位なんだよー。どう見たって経験豊富が俺が一番になんじゃねーか? ったく、俺のテクを知らねぇからなぁ」。
などと、聞くに堪えない下品な事を言っていた。
僕はそんな事には興味がないし、そんな話も聞きたくなかったので、ただ聞き流していたのだが、頭の片隅にその情報が残っていたらしい。
「おじさんは、テクニックがあって上手なんでしょう?」
驚愕で固まった顔に僕は更に挑発するように言ってみた。
「昼間話しているのを聞きましたよ。凄いんですってね、おじさん。…だったら、僕の事、おじさんが今まで抱いてきた女の子みたいに気持ち良くさせてくださいよ」
どうだ。
これであなたも僕に失望したでしょう?
もう、僕と仲良くしようとか、近づこうとか思わなくなるでしょう?







BACK     NEXT