その日の出動では、珍しく虎徹がポイントを稼いだ。
峠を過ぎた冴えないヒーローと言われて久しく、虎徹自身その嬉しくない呼ばれ方に慣れてしまったとは言え、やはりポイントを稼ぐとそれなりに嬉しい。
勿論自分がヒーローになった目的は市民の命を守るためであって、ポイントなどは二の次だ。
それでも、傍らにいる自分の相棒バーナビーよりもポイントを稼いだ、という所がちょっと嬉しかった。
自分より10以上年下の相棒に向かってライバル心を燃やすのも大人げないと思うが、何しろコンビを組まされてからこっち、たいてい彼にバカにされる事ばかりだったから、少しは溜飲が下がった気がする。
そんな感じでアポロンメディア社に戻ってきてヒーロースーツを脱ぎ、いつもの服に着替えると、虎徹はバーナビーに、
「よぉ、今日の帰り奢ってやろうか」
などと大盤振る舞いをする気になってしまったのだった。
バーナビーが眼鏡のフレームを押し上げて虎徹を訝しげに見てくる。
その胡乱そうな目ににかっと笑って、バーナビーの肩をぽんと叩いた。
「まぁいいじゃねぇか」
「おじさん、結構分かりやすいんですね」
なんていう皮肉も気にせず、上機嫌でバーナビーを引っ張るようにして行きつけの居酒屋に行って。
二人で仲良くメシでも食べて、とりあえずコンビとしての親睦でも深めようと思っていたはずなのに。




どうしてこういう事になったのか。




居酒屋じゃなくて、バーナビーの高級マンションの豪華な部屋で。
自分もバーナビーも全裸で、ベッドの上。
しかも自分の身体の下にバーナビーがいて、その彼もいつもの気の強い生意気な彼ではなくて、血の気のない顔をぐったりとさせてベッドに横たわっているという状況。
なんでこんな事に。




……虎徹は今更ながらに頭を抱えた。









◆Goldleaf◆ 1









なんでこういう事になったのかと言うと、きっかけは些細な事だった。
居酒屋に行って機嫌良くつまみや酒を頼んだ時に、バーナビーが自分は酒は飲まないと言うから、少々面白くなかった、それだけだ。
その時の虎徹は、ポイントを稼いだというのと自分の奢りという事でちょっと気が大きくなっていた。
そのせいか、普段ならバーナビーが自分をからかったり皮肉を言ってくるのを、その時は自分がバーナビーに対して言ってしまったのだ。
「ま、バニーちゃんだからな。可愛い子ウサギちゃんじゃしょうがねぇか。にしても、お坊ちゃん育ちっぽいよなぁお前。まぁ俺なんかとは違う生活してんだろうしなぁ。バニーぼっちゃま?」
言い捨てて焼き鳥を頬張りながら、バーナビーをちらりと見る。
バーナビーは全く堪えた様子がなかった。
「…別に。…まぁ、あなたと僕とでは、自ずと生活の質が違うというのは分かるんじゃないんですか?」
などとしれっと言われて、どうにも気に食わなくなった。
今日ぐらいは自分の事を褒めてくれるとか、先輩として立ててくれてもいいんじゃないか。
いつもはしょうがないとしても、たまには。
元々虎徹も負けず嫌いな所がある。
一応年の功という事で我慢はしていたりするが、今日みたいに気が緩んで少々気が大きくなっていたりすると、その自戒が外れてしまう。
その時もそうだった。
「ふーん、バニーちゃんはなぁ、まだお子ちゃまって所だな」
と言いながらぽんぽんと頭を叩く。
バーナビーがぎろりと虎徹を見た。
「僕を何歳だと思っているんですか、おじさん。おじさんみたいな年寄りじゃなくてくたびれてもいませんけど、なんでもできますから。おじさんの方がもうくたびれちゃって人生投げてんじゃないんですか?」
「はぁ?…ほんと、口の減らねぇヤツだな、おまえって。何でもできるかぁ?こんなお綺麗な顔で澄ましてたんじゃ、できねぇ事のが多いんじゃねぇの?」
バーナビーの物腰や態度はいかにも上品だ。
ヒーローとしての人気から見ても、羽目を外すことなどないだろう。
そしてそれは、今までもそうだったのではないかと思わせるものがあった。
自分はと言えば、随分と嵌めを外してきたし、ヒーローとして就職する前はかなりふらふら、まぁ一言で言えば遊んでいた事もある。
それに比べてバーナビーはヒーロー一直線。
小さな頃から優等生で真面目に暮らしてきたという雰囲気が、全身から滲み出ている。
そう思うと気持ちがくさくさした。僻みだろうか。
ポイントを稼いでバーナビーより優位に立ったという気持ちや、珍しく深酒をして虎徹にしては酒に酔っていたのも原因か、虎徹はいつにも増して気が大きくなっていた。
バーナビーを覗き込むようにしてにやにやする。
「まぁ顔はいいもんなぁお前。モテモテだったんだろとは思うけどな。付き合ってる彼女とかいねぇの?」
「は?なんでそんな事を言わなきゃならないんですか。プライベートは関係ないでしょ」
「へぇ。言えないってことはいねぇって事だな。意外と経験なかったりして?なんてなぁ、バニーちゃん?」
と言うとバーナビーはぴくっと反応した。
(あれ、もしかして地雷?)
虎徹としてはほんの冗談で口にしただけであって、まさか眉目秀麗な立派な成人である彼が、そういう経験がないなどと思いもしなかった。
が、もしかしてそうなんだろうか、と思うと、不謹慎ながら非常に興味が湧いてしまった。
「へぇそうなんだ、バニーちゃん。やっぱバニーだなぁ、あー可愛いなぁ、よしよし。無理しなくていいんだぞ?そういうのはなぁ。まぁヒーローとしてちゃんとしてればそのうちにな?」
などと変なフォローをしたのが反対にバーナビーの自尊心を傷つけたのだろう。
バーナビーが眉を顰め、虎徹を睨んできた。
「だから、そういう下品な話はやめてください。あなたと話したくありません」
「へいへい。話したくないって言うより話できなーいってヤツだよなぁ、バニーちゃん。知らなくちゃなんにも話せねぇもんなぁ」
フォローしたつもりが反対に攻撃されて、虎徹もむっとした。
そのせいで応酬してしまう。
「じゃああなたは知ってるんですか?」
「まぁそりゃあそれなり、つうか、けっこう知ってる?っていうか?なーんて」
おどけて言うと、バカにされたと思ったのか、ますますバーナビーが虎徹を睨んできた。
「そんなに自信があるんですか?…はっ、なんでも駄目な大人って感じがしますけどね」
「ふふん、まぁ、言いたいやつは言いたい事言っとけばいいんじゃねーの?おじさん、余裕有るからねー。バニーちゃんの負け惜しみもちゃーんと聞いてあげるよ−」
ガタッ、と椅子を倒してバーナビーが立ち上がった。
「分かりました。そこまで言うなら証明してください」
「……へ?」
そんなに酷い事を言ったつもりはないのだが、かなり地雷だったのだろう。
バーナビーが虎徹の手を掴んで引き摺るようにして居酒屋を出る。
「おいおい、バニーちゃん」
などと慌てる虎徹に構わず、そのままバーナビーがずんずんと歩く。
タクシーに連れ込まれ、有無を言わさずゴールドステージのバーナビーの自宅に連れてこられたという訳だ。
見た事もないようなシュテルンビルトの最上階の高級マンションに連れてこられて、訳が分からなくて部屋の中できょろきょろしていると、バーナビーが勢い良く服を脱ぎだした。
「ちょちょっ、ちょっとバニーちゃんどしたの?」
「どうしたもこうしたもないでしょ、証明してくださいよ、おじさん」
「証明って?」
「だから」
バーナビーがいらいらして脱いだ洋服をばしっと床に投げ捨てる。
「あなたは経験豊富で何でもできていろいろ知っているんでしょ?だったら僕に教えてくださいよ。男とだってできるんでしょ?まさか女性としか経験がないなんて言わせませんよ。まぁあなたは口だけの人間ですからね。出来もしないことをさもできるように言って、それで威張っていい気になっている小物なのかも知れませんが」
「はぁ?……ってか、そういう言い方はさすがにないんじゃねーの?」
「できるんですか、できないんですか?」
全裸になったバーナビーが仁王立ちになって虎徹を見下ろしてくる。
いかにも軽蔑しているようなその視線に、虎徹もかっと頭に血が昇った。
「へいへい分かりました。バニーちゃんがやりたいっていうんですからね、俺の責任じゃねぇからな!」
そう言って自分も乱暴に着衣を脱ぎ捨てると、バーナビーに襲いかかってしまったのだ。









はっきり言ってその後はよく覚えていない。
あまりにも無我夢中だったという事もあるし、自分でも正常な精神状態ではなかったのかも知れない。
とにかく覚えていないぐらい異常な状態ではなくてはできない事を、してしまったわけだ。
「…………」
身体をそっと退けて、バーナビーの隣に裸の身体を投げ出して、虎徹は深い溜息を吐いた。
無我夢中だったとは言え、少しは覚えている。
圧し掛かってバーナビーが逃げないように押さえつけながら、服を脱いだ事とか。
彼が抵抗してきたのでかなり罵声を浴びせた事とか。
どう考えても女性の時みたいにスムーズに挿入できないのに、たまたまベッドサイドに都合良くあったクリームをバーナビーのその部分にぶちまけるようにして思い切り押し入った事とか。
彼が何を考えているかとかそんな事おかまいなしに突き入れて揺さ振って、自分だけ欲望を吐き出して……。
で、ふと我に返るとこれだ。
バーナビーは、と見ると、意識があるのかないのか、青ざめた血の気のない頬をして瞼を閉じ、力なくベッドに身体を横たえている。
いつもは綺麗に跳ねている金髪がぐしゃぐしゃになってシーツに広がり、顔を近づけると涙の痕だろうか、目尻が濡れて少し腫れていた。
突然罪悪感が湧き上がって、虎徹は俯いた。
なんて事をしてしまったんだ、と今更ながらに呆然とする。
自分の行動に、我ながら信じられない気持ちがする。
だいたい、どうしてこういう展開になったんだ。
――まぁそれは今更考えても仕方がないとしても、今日は機嫌よく彼と親睦を深める予定だったはずなのに。
これでは最悪だ。
どう考えても彼が許してくれるとは思えない。
彼の方から挑発してきた、というのはあるが、しかし自分はバーナビーより10以上年が上なのだ。
若い彼の皮肉やからかいを大人の度量で包み込んで優しく諭したり指導してやるのが自分の役割なんじゃないのか。
なのにこれではただのその辺の俗物な大人だ。
いくら頭に血が昇って我を忘れていたとは言え、大切な相棒とこういう事をしてしまうなんて。
自分が信じられない。
というか、男相手にできたという事もはっきり言って虎徹には信じられなかった。
一人暮らしになってから、別にこういう点に不自由していたわけではない。
後腐れのない女友達もいたし、その気になれば一夜限りの大人の付き合いもできた。
その点では虎徹は比較的スマートな性生活を送っていた。
勿論、男に性欲を感じることなど今までになかった。
やっぱり抱くなら柔らかくて触れていて満ち足りる、自分を暖かく包んでくれる女体がいい…はずだったのだが。
しかし、無我夢中だったとは言え、一つだけよく覚えていることがある。
それはバーナビーの中に押し入って射精した時の、途轍もない快感だ。
きゅうきゅうと自分を強く締め付けてくる熱い粘膜の感触。
抜こうとしても抜かせまいと絡みついて蠕動してくる内部。
初めての経験だった。
あんなに興奮したことはない気がした。
(やべぇ…)
相手から挑発されたとは言え、殆ど強姦だったのに、こんなに興奮してしまうとは。
自分はそういう危険な性癖の持ち主なんだろうか。
今まで真っ当に正義のヒーローとして生きてきたはずなのに。
そう思うと不安が頭を擡げてくる。
むっつりとして考えていると、傍らで横たわっていたバーナビーが身動ぎした。


「う……」







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