◆Goldleaf◆ 2
「お……だ、大丈夫か…?」
堅く閉じられていた瞼がぴくりと動き、濃い金色の長い睫がさざ波のように震える。
睫の先に付いていた小さな涙の雫が落ちて瞼が開き、瞼の下では、真夏の珊瑚礁の海のように美しく深い碧色の瞳が涙の膜を被って潤んでいた。
最初、状況が理解できなかったのか、吸い込まれそうな二つの瞳が左右に彷徨って、それから虎徹を見上げてくる。
虎徹を認めた瞬間、形の良い唇がほんの少し綻んで微笑みかけてきたので、虎徹は狼狽した。
バーナビーがいかにも嬉しそうに、自分を見てきたからだ。
しかし、すぐに状況を把握したのだろうか、すう、と表情が元に戻り、視線が険しくなる。
「バニ−、その……」
「…ぅ……」
バーナビーが上体を起こそうとして、その身体が強張り表情が顰められたのを見て虎徹は慌てた。
「いてぇか…?」
眼鏡を掛けていない顔を間近で見ると、ますます碧色の澄んだ瞳に魅入られる。
思わずバーナビーの背中に手を回して、支えるように抱きかかえる。
腰から下がかなり痛むらしく、バーナビーは大人しく虎徹の腕に抱かれていたが、暫くして嫌がるように身動ぎした。
「別に、…気にしないでください…」
「いやその、気にすんなって言われても…」
な事できるわけねぇだろ?と思いつつ彼を見ると、バーナビーがふっ、と視線を逸らした。
「すいませんでした…」
「へ……?」
先程の攻撃的な態度はどこへやらという様子でバーナビーが言ってきたので、虎徹は面食らった。
「せっかく奢ってくれたのにすいません…。今日のことは僕が悪いので、謝ります。どうか忘れてください」
冷静ないつもの、でも皮肉や嘲りは全く混じっていない声でそう言われると、反対に落ち着かなくなる。
「い、いや…、その、…」
「大丈夫ですよ。おじさんも気にしないでください」
そう言って顔を顰め、目を伏せて息を吐き、それでも恥じ入るように急いで離れようとする。
何を考えているのだろうか。
震える唇を、血の気が無くなって白くなるまで噛み締めている。
(バニー……)
不意に感情が溢れ出た。
たまらなくなって、虎徹は反対にバーナビーをきつく抱き締めた。
汗で冷えた肌を暖めるように両手を回し、自分の肩にバーナビーの顔を凭れさせる。
なんでそういう事をしてしまったのか分からない。
が、このまま帰る訳にはいかなかった。
断じて帰れない。
このまま帰ってしまったらもう二度とバーナビーと元のように、――いや、元のような関係には戻れるかも知れないが、そうではなくて自分の望むような関係を築くことができないと思った。
自分は最終的にどうしたいのだろうか。
よく分からない。
けれど、絶対ここで帰ってはいけない。
帰るのではなくて、今自分がしたい事は何か…。
虎徹にはもう答えが分かっていた。
だいたい、いくら挑発されたからといって、普通は男とセックスしたりしない。
どう考えてもそうだ。
結局、相手がバーナビーだからしたのだ。
バーナビーだから、抱いたのだ。
――そうだ。
突然自分の気持ちが判明して、虎徹は半ば愕然とした。
なるほど。
俺はバニーの事が好きなのか。
そういう意味で…。
……そうなんだ。
そしてバーナビー自身の気持ちも分かったような気がした。
こんな挑発をしてくる事自体、彼が自分に対して同じ感情を抱いているという証拠ではないか。
――なんだ。
つまり俺たちは二人とも、こういう事ができる程に好きだって思っていたっていう事か。
(……なんだ…)
何故か嬉しくなって、虎徹はバーナビーを自分の腕の中に強く抱き締めた。
「バニー…」
声音の調子の変わったのが分かったのか、バーナビーが秀麗な眉を寄せて、虎徹を窺ってくる。
「痛かったか…?」
「い、いえ、大丈夫です…」
「ンな事言うなよ、バニー。……好きだ」
「……っ」
ストレートにそう言うと、バーナビーが碧色の澄んだ目を丸く見開いた。
「おじさん……」
「お前だって俺の事好きだろ?」
「……え?」
思いもかけない言葉だったのだろう。
バーナビーが驚きで固まる。
そこを抱き締め、虎徹は高まる気持ちのままにバーナビーの唇を奪った。
「んっ……!」
驚いて顔を背けようとする彼の動きに従って顔を追い、唇を逃さない。
ぴたりと唇同士を合わせ、顔の角度を変えて強く押しつけて唇を開かせ、並びの良い歯列を舌の先でなぞってから咥内へぐっと差し込む。
バーナビーの口の中は熱かった。
柔らかくぬるりとした感触に、背筋が総毛立つ。
体温が瞬時に上がったような気がした。
まるでネクスト能力発動時のように神経が鋭敏になり、身体中が火照ってくる。
舌先でバーナビーの口腔内を探り、逃げようとする舌を捕らえて強く吸い上げると、バーナビーの身体が震えた。
彼もしっとりと汗を掻いてきて、だんだんと火照ってくるのが分かる。
彼も興奮している、と思うと、突如マグマが噴火する如くに凶暴な欲望が身の裡から湧き起こってきて、それを止める事が出来なくなった。
舌を強く吸い上げて、軽く歯で噛んで唾液毎飲み下して唇を離し、
「バニー、大好きだ…」
と再度囁くと、バーナビーが身体を強張らせたまま、呆然と虎徹を見上げてきた。
「お前もだろう、バニー、俺の事好きだろう?どうなんだ?」
「……あ、…は、い…。好き、です…」
直接迫ると、バーナビーが気圧されたのか、素直に答えてきた。
「じゃあ、ちゃんとお前の言葉で言ってくれよ。俺はお前が好きだ。お前はどうなんだ?」
畳みかけるように迫ると、
「あ、…僕も…」
バーナビーの瞳がすうっと柔らかく潤んで、形の良い唇が言葉を紡ぎ出した。
「僕も、好きです。あなたが好き…」
そのしおらしい言葉にずきん、と股間が痛むぐらいに疼く。
――可愛い。
可愛くて愛しくてたまらなくなって、その気持ちがそのまま情欲に変化する。
まるで下半身全体が心臓になってしまったようにずきずきと鼓動を刻み、体内の血管中を熱い血が奔流となって流れる。
股間が鼓動に従って痛んで、其処が解放を求めているのが分かる。
が、その激烈な射精衝動を堪えると、虎徹は先程おざなりにほぐして突き込んでしまったバーナビーの後孔にそっと指を持っていった。
ベッドに放り投げてあったクリームをもう一度取り、指にたっぷりと付けるとその指を後孔へ這わせる。
「あ……」
ぼんやりと惚けていたバーナビーがはっとして逃げようとするのを、上から押さえる。
「さっきはごめんなバニー。…痛かっただろ?」
「…いえ、大丈夫です。おじさんだから……。あなただから、いいんです。気にしないでください…」
健気な言葉が反対に虎徹の身体を更に煽ってきた。
「んな可愛い事言うと、すぐ襲っちまいたくなるじゃねぇか」
身体の暴走を、冗談を言う事で押しとどめる。
「バニー、大好きだ…。お前の事本当に好きで好きでたまらねーわ。なんだろなこの気持ち。…なんてな?」
いささか照れくさくなってバーナビーの顔を覗き込みながら苦笑すると、バーナビーがおずおずと両手を伸ばしてきた。
虎徹の首に手を回して、彼の方から虎徹の唇に軽くキスをしてくる。
「僕もあなたが好き。……僕の方があなたのこと好きですよ、おじさん……きっと…初めて会った時から…。好き。あなたと一つになりたい。…抱いてください…」
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