はじめはそんなつもりではなかった。
断じてなかった。
初対面からクソ生意気で傍若無人で、けれど格好良くて自分なんかとは比べものにならない程、何事にも優秀で。
ネクストとしての能力が同じなだけに、他の部分の自分の不出来が際立つ。
引き立て役、サブとしての立場というのは、仕事である以上仕方がないし、自分も社会人だ、そう言われればきちんとそれを全うするつもりでもあった。
ベテランヒーローとして、新人を見守って指導していくつもりでもあった。
けれど、たまにはちょっと意趣返ししてもいいだろう。
こっちは彼より10以上年上なんだから、その分少しすれているのだ…。
と、はじめはちょっとした悪戯のつもりだったのに。
「……おい、バニーちゃん……だいじょぶ…?」
目の前でふらふらになっている金髪の美青年に、虎徹は慌てた。
こんなになるまで飲ませた覚えはないんだが…。
◆Dendrobiums(デンファレ)◆ 1
今日は仕事も平穏無事、待機だけで何も無かった。
トレーニングをして帰社して、報告書を作成した。
バーナビーがてきぱきと画面に向かっている姿を横目に、フォームや文章に四苦八苦しながら仕上げる。
青年が機嫌良さそうなのを見計らって、声を掛けてみた。
「夕飯一緒にどう?俺んちだけど」
最近だんだんとうちとけてきた彼が、自分を見て軽く首を傾げた。
「おじさんのうちですか?貴方が食事を作るんですか?」
「あーいや、テイクアウトだったりするけどさ、ちょっと美味そうなテイクアウトの店見つけたんだ。ただ運んできてくれるには一人分じゃ駄目でな、二人分以上なんだよ。俺の奢りでどう?」
そう言うと、やや眉を寄せて考え込んでいた彼は、軽く肩を竦めて頷いた。
「別にいいですよ。おじさんの奢りですね?給料少なくて大丈夫ですか?」
「はは、そういうとこ突っ込まないの…」
一言多い所が彼らしい。
そういう性格にもすっかり慣れたが、やはり仕返ししてやれ、という気持ちになる。
そういう訳で自宅へ彼を招待し、近所で評判のテイクアウトの店から夕食を取り寄せて、食べ終えた所だった。
「ああ食った食った」
虎徹の舌にはテイクアウトの味は十分美味だった。
満足して腹をさする。
「おじさんくさいですよ」
うんざりした声が聞こえるが、バーナビーもまんざらではなさそうだった。
結構気に入ってくれたらしい。
彼は育ちが良さそうなので、もっと美味いものを食べ慣れているような気もするが、それでも機嫌良くしてくれているので虎徹は内心ほっとした。
「食後にどうだ?」
キッチンから冷えたワインと焼酎を持ってくる。
グラスもついでに持ってきて、栓を抜いて注ぐと、バーナビーが眼を細めた。
「ワインですか?」
「あーそうだな、ワインっていうか、ちょっと違うんだけどな…ダチが送ってきてくれたんだよ。ワインよりは甘いみたいなんだ。俺はあんまり甘いのは好きじゃねぇから、今までとっておいたんだけどな。お前どうかな、と思って」
自分用には焼酎を氷で割ってグラスに注ぐ。
「おじさんはそっちがいいんですね」
「まぁな。これ、どうかな?」
そう言ってバーナビーの前にワイングラスを差し出すと、バーナビーが手を伸ばした。
「そうですね、かなり甘いですけど、悪くないです」
匂いを嗅ぎ、テイスティングしてから一口飲んでバーナビーが言った。
「だったら良かった。俺は飲まないから、できたら全部飲んじまってくれよ」
「いいんですか?お友達からいただいたやつなんでしょ?」
「あぁ。でも俺が飲まないで置いとくよりは誰かに飲んで貰った方が、ダチも喜ぶと思うんだよな」
「おじさん、お友達がいっぱいいるんですね」
その言葉は友達がいないだろうと言った言葉への皮肉なのか。
それを踏まえて言ったものなのか虎徹には少々計りかねたが、返答するのも地雷を踏みそうだったので、肩を竦めただけにした。
どうやらそのワインが気に入ったらしく、バーナビーのグラスはすぐ空になった。
虎徹がそこに注ぐと更にそれを飲む。
ちらちらとそれを横目で眺めながら、虎徹はひっそりほくそ笑んだ。
実を言うと、あのワインには別のものを仕込んであったのだ。
無味無臭で分からないと思うが、ちょっとした覚醒剤だ。
勿論法的には問題がないものだが、服用するといつもよりも自制心が外れて、まぁ一言で言えば馬鹿な真似をしてしまったり、自分の秘密を話してしまったりするようなやつだ。
自白剤ほどではないが、似た作用がある。
なんでそんなものを混ぜてみたかと言うと、いつも自分を作っていて完璧なバーナビ−の内面が知りたくなったのだ。
虎徹なんかは内面も外面もなく、取り繕ってもいないからまぁわかりやすいと言えばわかりやすいかもしれない。
が、どうにもバーナビーは分からなかった。
すかした生意気な若者のようでいて、それでいてたまに酷く繊細な所がある。
かと言って、気遣うと反対に向こうから攻撃的になる事もある。
突然感情が激しく揺れ動くこともある。
だからきっと内面にはいろいろと話せない事が詰まっているんじゃないか。
そう虎徹は思ったのだ。
その辺を聞き出したい。
自制が剥がれた素の彼が見てみたい。
素直に聞いて話すような人間ではない事だけは分かるので、今日を絶好の機会、と思ったのだ。
まぁ、そこまで深くは考えず、とりあえずバーナビーを家に呼ぶことができた。
ついでに薬がある。
ちょっとぐらい大丈夫だろう。
といういわば軽い気持ちだった。
「結構いけますよ、これ、おじさんは飲まないんですか?」
「いや、お前気に入ったんだったら飲んでくれよ」
ふと見るとワインの瓶が殆ど一本空になりそうである。
(おいおい、いくらなんでもピッチ早すぎじゃねぇの…?こいつ、酒強いのか…?)
バーナビーがそこまで酒を飲んだのを見た事がなかったので、虎徹は些か不安になった。
が、バーナビーは素知らぬ風に機嫌よさそうに飲んでいる。
「も、もう、そろそろ…やめた方がいいんじゃねぇ?」
「大丈夫です」
バーナビーは普段押しが強いのでどうしても押されてしまう。
眉を寄せたまま見守っていると、最後まで飲んで、バーナビーががた、とワイングラスとテーブルの上に置き、ふう、と息を吐いた。
頬がすっかり赤くなっている。
目元が緩んでいつもは鋭い碧の瞳が潤み、熱いのかしきりに息を吐く様子がすっかり酔っている感じだ。
「おじさん……熱いです…」
(酔ったかな…そりゃああんだけ一気に飲めばなぁ、しかも薬入ってるしな…)
これだけ飲んで酔えばかなり打ち明け話でもしてくれるかも知れない。
彼が秘密にしている事とか隠している性格が知りたい。
そう思って相手を窺っていると、バーナビーがいきなり服を脱ぎだしたので虎徹はぎょっとした。
「お、おい」
「すいません、熱いんで」
「あ、そう…水でも飲むか?」
慌てて立ち上がって、キッチンに行って冷蔵庫から冷やしたペットボトルの水を取り出す。
振り返ってバーナビーを見て、
「…………」
(おいおい…)
虎徹は目が点になった。。
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