◆狡い人◆ 1
虎徹がある日、俺に打ち明けてきた。
「俺さぁ、バニーと付き合う事になったんだ」
俺は一瞬何の話か分からなかった。
つきあう。バーナビーと、虎徹が?
……そのつきあうってのは、アレか、所謂男女交際みたいな内容のことを言うのか?
『つきあう」なんて単語は、いいとこ10代の若者、まぁ高校生ぐらいが使う言葉なんじゃねぇのか。
お前40に近いだろ、と思ったが、まぁ、虎徹のはしゃぎ方がどう見ても10代の若者っぽかったから、指摘するのはやめておいた。
成る程なぁ、お前、あの年下のヒーローに好かれて嬉しいのか。
俺はコイツとは高校時代からの付き合いだからもう20年ぐらいにはなる。
その間、コイツが恋愛して結婚して一人娘が生まれ、それから女房と死別して一人になっちまうまで見守ってきた。
だから、今更コイツに対してどうこう言うつもりはなかった。
お互い、いい年になっちまった。
俺は未だに独り者で、恋愛とかには無縁、そういう面には踏み込めないまま現在に至っている。
虎徹は未だに結婚指輪をしている。
だから女房を今でも愛してるんだろうが、…けれど、新しく好きな奴ができたんなら、それはそれでいいことだ。
過去にこだわって今掴める幸福を逃す事はねぇ。
幸せになれるんなら、いい。
相手が男だろうが年下だろうが、誰だろうが。
それからしばらくの間、虎徹はすげぇ嬉しそうだった。
バーナビーは何をしても完璧で今時珍しいきちんとした若者だ。
なんであの格好良くて人気抜群の美青年が虎徹なんかを、とは実際思ってはみたが、そこは蓼食う虫も好き好き、恋の力ってなもんなんだろう。
二人をよく見てみると、どうやらバーナビーの方が虎徹をより好きなようだった。
バーナビーが虎徹を見る時の目とか、本当こっちが恥ずかしくなるぐらい甘くて優しい。
二人は殆どの場合一緒に居たし、バーナビーが虎徹に対して接する態度は傍から見ても頭が下がった。
あれだけ尽くされたら、まぁ虎徹だって絆されるよな。
あんな美青年に下にも置かない扱いを受けるとか、どんだけ幸せ者だよ。
とにかく、女房が死んでからというもの、虎徹は表向きは隠していても、心のどこかに穴が空いていたのは分かっていたから、それがバーナビーによって埋められたのは素直に良かった、と思えた。
バーナビーとコンビを組んだのは、虎徹にとって本当に僥倖だったんだろうな、羨ましい、とさえ思ったのに。
それなのに。
虎徹に誘われて、二人で飲んだ。
虎徹の家で、絨毯の上に胡座を掻いて、焼酎とウィスキー。
焼き鳥やサラダをテイクアウトして、ちびちびと飲み明かして、虎徹の惚気でも聞いてやるかと思っていたのだ。
他人の惚気なんざ、独り者の俺には聞くに堪えないもんだけど、親友だからな、俺が聞いてやらなくてどうするって思っていた。
案の定、虎徹は惚気ばかり言いやがった。
曰く、バーナビーがどれだけ自分を大切にしてくれるか、とか。
バーナビーがどんなに優秀で、なんでもきちんとこなすか、とか。
バーナビーは女性にすげぇモテるのに、見向きもしないで自分に尽くしてくれる事とか。
あーそうかそうか、甘すぎてもう腹一杯だよ、と言いそうになるぐらいだった。
幸せ一杯、幸福で世界がバラ色ってやつなんだな。良かったな、虎徹。
そう思ったのに。
さんざん惚気を言っておいて、そして最後に、虎徹は言った。
「とにかくバニーちゃんはすげぇんだ。………俺は、もう死にたい……」
そう言って、虎徹は、俺の首に手を回して、キスをしてきた……。
「あ、あっ―……も、っと、、そこっ…す、げぇいいっ、あ、あっ、アン、トニオっ、」
さっきから眩暈がする。
なんで俺はこんな事してるんだ。
俺の身体の下には虎徹がいて、今までに一度も見た事のないような表情で、喘いでいる。
俺はといえば、虎徹の開いた脚の間に居て、虎徹の中に自分のブツを押し込んで、それを出し入れしてる。
これって、セックスだよな。
…なんで、俺が、虎徹と…?
「あっ、やめるなよっ…も、っと動けったらっ…」
俺が動きを止めたからか、虎徹が不満げに俺の後頭部の髪を掴んで引っ張ってきた。
見上げてくる瞳に涙の膜がかかっている。
薄く開いた唇が濡れて舌がちらりと動いて、それがものすごく卑猥で俺はぎょっとした。
これは虎徹か?
確かに虎徹だ。
20年来よく知っている顔だ。
でも、……こんな顔見た事無い。
「あ、あぁ、悪い…」
虎徹が涙で濡れた目を眇めて促してきたので、俺は慌てて動き始めた。
虎徹の腰を掴んでぐっと引き寄せながら、ペニスを虎徹の中深くに叩き込む。
うねうねとうねって絡みついてくる肉壁を押し分けるようにして、粘膜を擦って腰を回せば、虎徹が顎を仰け反らせて喘いだ。
喉の動きに思わず目が吸い寄せられる。
ごくっと唾を飲み込んで、俺は必死に射精衝動を抑えた。
虎徹が、くっと喉を鳴らして顔を激しく振る。
首に回された手が強くしがみついてくる。
強請るように唇が吸い付いてきて、深く口付けられる。
はっきり言って俺は他人とこういう接触を持った事があまりない。
男となんて初めてだ。
だから、殆ど虎徹がリードした。
俺は虎徹に言われるままに動いて、ヤツの肌を撫でて、ペニスを扱いて、俺のモノを突っ込んでやっただけだ。
20年も付き合ってきたのに、こんな虎徹を見るのは勿論初めてで、コイツがセックスになるとこんなになるなんて思ってもみなかった。
というか、なんで俺たちはこういう事をしているんだ?
「も、もっと、っ、――あ、あっ、止まるなってっっ!」
「あっ、と、…すまねっ…」
吸い付いてきた唇と差し込まれた舌に口の中を蹂躙されてぼおっとしていたら動きが止まっちまったらしく、口を離した虎徹に怒られた。
慌てて動き出す。
「や、あっ…す、げぇっっ…い、いいっ…死、にそうっっ!」
ずぶずぶ、と肉の埋まる音とか、虎徹の泣き声とか、とにかく俺の理解を超える事ばかりだった。
身体だけが順応して虎徹を貪る。
虎徹が全身を震わせ、俺にぎゅっとしがみついてくる。
腹に熱い液体の迸りを感じるとほぼ同時に、俺もヤツの中に、思い切り射精してしまっていた。
はぁはあ、と全身で息をしながら、ごろり、と床に寝転がる。
身体中気持ち良くて、俺は半ば呆然としていた。
セックスをしたのは分かる。
だが、現実味がない。
俺の隣には、20年来の親友で、恋人ができて幸せ一杯なはずのやつが俺と同じく転がっている。
足を開いたまま、その脚の間から、俺の放った体液を滴らせたまま、顔をゆるりと振って、大きく息を吐いている。
訳が分からなかった。
酒に酔ったわけでもない。
じゃあ、なんで俺は虎徹を抱いたんだ?
しばらくそうして放心していると、やがて虎徹がゆっくりと身体を起こした。
顔を気怠げに振り、寝転がったままの俺を見下ろしてくる。
かがみ込んで、間近に俺を見つめ、ちゅっと、音を立ててキスをしてきた。
「悪いな、アントニオ…」
泣いたからか、少し掠れてはいたが、いつもの声に戻っている。、
「俺って酷いやつだと思うか?」
脈絡もなく聞かれたが、聞かれた瞬間そうだと思ったので、俺はうなずいた。
虎徹が眉尻を下げて寂しそうに笑った。
「そうだよな。ひでぇ男だよな…」
「ああ、お前はひどい男だと思うぜ。あんな素敵な可愛い恋人がいるのに、一体どうなってんだよ」
感情を抑えて聞く。
俺の目に浮かんだ非難の色にも気付いたんだろう、虎徹が首を傾げた。
目尻を垂らして、情けなさそうに笑う。
「なぁアントニオ、お前は俺の親友だろう?ずっと、ずっと親友だよな?俺さ、お前なら信頼できるんだ。お前だけだよ…」
「…なら、バーナビーはどうなんだ?お前の事をあんなに好きなやつのことは?」
我慢できなくて俺が怒気を含んだ声で言うと、虎徹が目を眇めて視線を窓の外へとやった。
「勿論、バニーの事は愛してる。この世で一番、好きだ…。すげぇ、愛してる…」
その声が切なくて、俺はそれ以上聞けなかった。
「アントニオ……」
虎徹が俺にそっと寄り添ってきた。
「一緒に寝てくれよ…一人じゃ眠れない…」
もう何も言えなかった。
結局、虎徹の問題は虎徹自身がどうにかするしかねぇんだろう。
そして俺は虎徹の親友で、バーナビーの親友じゃない…。
バーナビーが心底可哀想になった。
すぐにでもバーナビーの所に行って、彼の方を慰めてやりてぇぐらいだった。
虎徹みてぇなひどいヤツをあんなに愛している、一途で純粋な若者を。
でも、俺に出来ることと言ったら、黙って、虎徹を抱き締めてやることだけだった。
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