◆スクープ☆ヒーロー恋愛事情◆ 1







青空も爽やかな朝、軽やかにプラットホームに響く発車メロディ。
ポセイドンラインのスマートな形をしたモノレールが今まさに発車しようとする。
「ちょ、ちょっと待ったぁ!」
ホームの階段を2段抜かしに駆け上って、ドアを閉める合図をする乗務員を蹴散らすように一足飛びにモノレールの中に駆け込んで、虎徹はぜぇはぁと息を吐いた。
自宅からモノレールの駅まで全速力で走ってきただけに、肺に酸素が追いつかず、呼吸困難に陥りながらはぁはぁと大きく息をする。
周囲の乗客の迷惑そうな視線に気がついて、慌てて俯いて身体を小さくして、虎徹はドアにもたれかかった。
朝のラッシュアワー時のモノレールは、乗車率が150%を超える。
虎徹の出社時刻はそのラッシュアワーよりはやや遅く若干ずれているため、そこまでの乗車率ではないが、それでもほぼ満員状態だ。
当然虎徹のように遅れて駆け込んできたりする者がいると、他の人間の大迷惑となる。
「はぁ、ま、間に合って良かった…」
ともかく、なんとか間に合ったから、この際他人様の迷惑については許してもらうことにしよう。
この車両を逃がすと会社に遅刻してしまう所だった。
はぁ、と深く息を吐き、全速力で走ったために滲んだ額の汗を手の甲でぬぐって、虎徹はドアに寄りかかって目線を上げぼんやり天井を眺めた。
モノレールの車内には、天井に何種類もの中吊り広告が下がっている。
このモノレールは、ブロンズステージから階層を一つずつ上がってゴールドステージまで直行だ。
その間乗客がかなり乗降するが、虎徹はこのモノレールのほぼ終点まで行くので途中で座れる事も多い。
どっか座れそうな所あるかな、と物色しつつ中吊りをぼんやりと見ていると、虎徹の目が一瞬張り裂けんばかりに見開かれた。
「な、なんだこれ!」
思わず声を上げてしまって、周囲の乗客にじろりと睨まれる。
「あ、す、すんません…」
謝りつつも虎徹は、自分の斜め右方にある中吊り広告に目が釘付けになっていた。
それは、スクープ写真を目玉にした写真週刊誌だった。
写真と言ってもたいていがゴシップ記事。
著名人や政治家、あるいはアイドルやスポーツ選手の私生活を面白おかしく下劣に暴いて一般人の下品な興味を満たし、日頃溜まった鬱憤を晴らすものだ。
その一つが今朝発売になっていて、それの中吊りだった
そこには一面トップスクープとして、センセーショナルな見出しがあった。
『バーナビー・ブルックスJr.、なんと深夜のデート!熱々のキス!』
中吊り広告のためそれ以上記事がなく、そこにちょっとだけ写真がついているだけだが。
確かにバーナビーが誰か女性とキスをしているような写真である。
(おいおい、こりゃ一体…)
思わずしげしげと見てしまい、虎徹は顎髭を撫でた。
これはどこかでこの雑誌を買わなくてはならない。
よし、遅刻してしまうが、次の駅で降りて買い込もう。
そういう訳で虎徹は次の駅でモノレールを一旦降りると、ホームのコンビニでその写真週刊誌を買い込み、それから再度次に来たモノレールに乗り込んだ。
次のモノレールはラッシュアワーからは更にずれている為、前に乗っていた車両よりも空いており、おかげで虎徹は端の方に座ることができた。
座っておもむろに雑誌を広げる。
バーナビーの記事は最初にあった。
「ふんふん……」
真剣に読む。
記事によると、バーナビーが深夜にどうやらデートをしたらしく、相手はシュテルンビルトではかなり人気のあるアイドルグループの中の一人だった。
茶色の長い髪に、大きな灰青色の瞳、ぽってりとした赤い唇が特徴で、なかなか胸も大きい肉感的な少女である。
確か年は18ぐらいか。
そういえば、このアイドルが前々からよくバーナビーの事を口にしていて、バーナビーのファンだと公言していたのを虎徹は思い出した。
何しろバーナビー・ブルックスJr.と言えば、並み居る男性アイドルを押し分けて、今やシュテルンビルト一の人気男性タレントとも言える存在なのだ。
タレントやモデルに負けるとも劣らない、というよりは、一人勝ちしているような素晴らしい容姿と身体。
ふわふわの金髪に緑の目。
それに加えてバーナビーは市民の命を守る『ヒーロー』だ。
容姿端麗で格好良くて強くて男性的、となればこれはどう考えてもモテないはずがない。
今やバーナビーの人気はうなぎ昇り、マンスリーヒーローはバーナビーの特集を組めば飛ぶように売れる。
それだけではなくて巷の女性誌やちょっと堅い週刊誌までもがバーナビーの特集を組んで、部数伸ばしを測る有様だ。
彼の写真を載せればそれだけで発行部数が跳ね上がるとも言われている。
そんな風に人気者となれば、次に市民の関心がいくのはこの格好良い王子様のようなバーナビー・ブルックスJr.の恋人は誰か、或いは恋人になれそうなのは誰か、という事らしい。
ここのところ、インタビューを受けたり取材があったりするたびその手の恋愛系の質問ばかりされて、バーナビーがすっかりうんざりしているのを虎徹は知っていた。
(あーこりゃ、やられたかな…?)
バーナビーがはっきり言ってそういう意味で女性に関心がない事は、傍から見て分かっていた。
ジェイクを倒して自分の問題にある程度のけりを付けたとはいえ、まだそんな浮かれた気分にはなれないのだろう。
まあ、どっちにしろ、この写真誌に載っている相手とバーナビーがどうこうという事はまずあるまい。
……あ、そういえばこれパーティの日だったか。
日にちを見て虎徹は、その日がアポロンメディア社が主催した接待パーティの日だったことを思い出した。
その日は虎徹もちょっと出席し、挨拶だけして速攻帰ってしまったのだが、アポロンメディア社の目玉であるバーナビーはずっと付き合わされていたはずだ。
アポロンメディア社と取引のある会社やマスコミがこぞって来ていたから、きっとこのアイドルもその中に混じっていたのだろう。
このアイドル歌手を擁している芸能プロダクションは、アポロンメデイア社とはかなり繋がりがあって無碍にはできない相手だ。
しかも、このアイドル歌手自体、出自が良く、父親はシュテルンビルトの有力な市会議員である。
次の市長に立候補するとも言われている。
きっとバーナビーは帰りに送れと言われて送っていって、そこで迫られたのだろう。
しかもそれをあらかじめ写真週刊誌にリークしておいて、撮らせる、と、……まぁそういう事だろう。
(人気者は辛いねぇ…)
などとちょっと他人事みたいに思って、それから自分の相棒じゃないかと思って虎徹は反省した。
でも、バーナビーが今のままのモテモテ状態では、こういう問題がこれからも何回も起こるだろう。
(どうせなら誰かとくっついちまうしかねぇよな、ほんと)
どうするのだろう。
などと考えながら、該当部分を読んだ雑誌を丸めて手に持つと、虎徹はやや遅刻をしてアポロンメディア社に出社した。
「ちょっと虎徹君、遅刻じゃないの?」
ヒーロー事業部に行くと、ロイズが小言を言おうと待ち構えていたので、
「や、ロイズさん、これ、ちょっと見てくださいよ」
と言って写真誌を差し出す。
ロイズが、ああこれね、という嫌な顔をした。
「なに君もこれ買ったの、まったく、買ったりして発行部数伸ばさないでよ」
「え、そう言われても、なんか、モノレールの中にすっげー中吊りあったんすよ。それ見て気になったからついつい…」
「まぁそれは分かるけどねぇ。本当に困るよね、こういうの」
「あらそれ、私も買っちゃいましたよ?」
デスクで事務を執っていた経理のおばちゃんが、話に加わってきた。
「え、おばちゃんも買ったの?そりゃ発行部数伸びちゃうよなぁ」
「全く、困ったもんだね…」
ロイズが溜息を吐く。
「こういうのってあんまり良くないんすか?でもバニーちゃんモテモテって事でアポロンメディア社としては宣伝になると思うんだけどな」
「まぁ、確かにそういう面もあるけどねぇ、どっちかと言うとそれよりこういう写真撮られてバーナビーがこの子と付き合ってるとかそういう風に思われるのが困るんだよね。ほら、彼、人気者でしょ?だから万遍なく広く浅く付き合ってもらうのはいいんだけどね。なかなか会社同士の付き合いとかあるからねぇ…」
「はぁ、そうっすか…。いや、人気者は辛いですねぇ…」
「君もパーティの時さっさと帰らないで、バーナビーの事ちょっと守ってやってよ、相棒でしょ?」
「はぁ、そっすね…。この日はもう少し注意すれば良かったです」
「本当にその通りだよ」
「で、バニーいないんすか?」
「バーナビーは今日も取材。午前中はシュテルン中央スタジオで写真の撮影。午後はウェストコーストスタジオでテレビ生出演」
「うわ、なんかもうすっかり芸能人ぽいっすね」
「まぁね、その分君、午前中みっちり事務仕事してくださいよ」
「え…」
「バーナビー君の分までできるでしょ。最近少し覚えてきたようだしね」
「はぁ、ちょっとは…」
「バーナビー君いないんだから、とにかく君にやってもわらなくちゃならないんだからね」
「へいへいへい、分かりましたよ…」
そう言って虎徹はデスクに座ると、しぶしぶパソコンを立ち上げた。
ここのところ、バーナビーに手取り足取り教えてもらっているから、会社で作成する文書などが自分でもある程度作れるようになってきた。
『ヒーロー』業がメインの仕事とは言え、虎徹もアポロンメディア社の社員であるからには、ヒーローとしての仕事がない間は普通に会社の仕事をしなくてはならない。
といってもまだちゃんとした仕事ができるわけでもないので、たいてい、ほぼ仕上がっている文書の打ち直しや、点検だったりする。
(しょうがねぇな、…さてやるか…)
肩をぐりぐりと回してパソコンに向かうと、虎徹は椅子に座り直して気合いを入れた。






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