◆スクープ☆ヒーロー恋愛事情◆ 7







「おい虎徹、なんか最近少し元気ないんじゃねーのか?」
いつものトレーニングルーム。
普段と同じにトレーニングをしていたはずなのに、アントニオが虎徹の顔を覗き込みながらそう言ってきた。
どうやら自分の変化をアントニオに悟られてしまったらしい。
慌ててへへっと唇を緩めて笑いながら誤魔化す。
「え?そうかぁ?まぁほら、最近マスコミ露出度が高くてさ、ちょっと疲れ気味なのかもなぁ」
「あー成る程な。確かにお前ら最近変な人気出たもんなぁ」
「全くだよ。この変な人気って所が困るよなぁ、ハハハハッ!」
笑いながらも、虎徹は心の中でひっそりと溜息を吐いた。
あの夜の一件があってからというもの、虎徹はバーナビーと、前のように自然に話したり笑ったりすることができなくなってしまった。
勿論仕事上では以前と同じように接しているし、出動要請がかかれば二人できちんと出動する。
だが根本的な所で、前みたいにバーナビーに対して開けっ広げに接する事ができなくなってしまったのだ。
あの夜、バーナビーの本当の気持ちを聞いて、バーナビーに抱き締められ、無理矢理キスをされた。
怖かった。
怖くて、彼の気持ちに気付かなかった自分が情けなくて、彼を追い詰めてしまったらしい自分の鈍感さにも呆れ果てた。
けれど、そんな自分のせいなのかも知れないけれど、でもやはり怖かった。自分がどうにかなってしまいそうに思った。
バーナビーとの関係が変化するのが怖かった。
もっと迫ってきたらどうしようと思ったが、それ以降バーナビーも全くそういう様子はない。
以前と同じように礼儀正しく接し、にこやかに応対してくる。
だから、次の日あたりかなりびくびくして構えていた虎徹も、少しほっとする事はできた。
だが、だからと言って、前と同じように接する事はできない。
バーナビーの本当の気持ちを知ってしまったからだ。
バーナビーが本気で自分の事を好きだったとは。
いや、もしかしたら心の奥底ではそれがちゃんと分かっていたのかも知れない。
分かっていたけれど直視するのが怖くて、おちゃらけて誤魔化して、その事実に向き合う事から逃げていたのだ。
それを目の前に突きつけられて、虎徹はどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
そういう風に思い悩んでいる態度が表に出てしまうのか、結局アントニオにまで気付かれてしまう有様だ。
「あー、全く、情けねーよな。もういい加減年なのによ…どうしたらいいの、俺…」
などと、事業部に戻って自分のデスクでぶつぶつ言っては溜息を吐く。
相変わらずバーナビーは雑誌の取材や販促活動に勤しんでいる。
虎徹は、と言えば最近は雑誌の取材もできるだけ断るようロイズに頼み、ヒーロー事業部で地味に事務仕事をしていた。
そうしていると、出動の時以外はバーナビーと顔を合わせなくて済むので、気が楽だ。
いや、でもいつまでもこんな風に逃げているわけにも行かないのだろうが。
しかし、かと言って自分がどうしたらいいのか分からない。
分からないのでますます混乱する。
混乱すればするほど、考えたくなくなる。
(あー、堂々巡りだよな…)
「虎徹君」
そこにロイズが入ってきた。
「あ、なんすか?」
「今日の予定分かってる?」
「あー、はい、分かってます」
今日は夜に、虎徹の写真雑誌を出した出版社の社長が虎徹を招待してくれて、会食をする予定だった。
虎徹の写真に関しては、以前勤めていたトップマグ社も関わっていて、契約に関してトップマグ社が取り持ってくれた部分もある。
そのため、トップマグ社の社長と、写真雑誌を出版したフーゲンベルク出版社の社長と、3人で会食だ。
「じゃあ、少し早く帰って良いからね。ちゃんとお礼言ってこれからも使ってもらえるようによく頼むんだよ?」
「へーい、でもそんなに需要あると思えませんけどねぇ」
「そんな事いいの、考えなくても。取り敢えずおべっか使ってきてよ」
「へいへい…」
ロイズの言葉を背に、虎徹はいつもより早めにアポロンメディア社を退社した。










「久しぶりだね、タイガー君、最近すごい活躍ぶりでびっくりしたよ。うちの会社に居る時よりもずっといい調子なんじゃないの?まぁ、合弁でヒーロー事業部が無くなっちゃったからねぇ、うちに置いとけなくて申し訳なかったけどね、でもこれからも応援してるからね?」
「いえ、どうも…。でも本当にお世話になりまして…」
指定されたレストランは、アポロンメディア社からはあまり遠くない、シュテルンメダイユ地区の中でも一等地のビルにある上品な店だった。
こじんまりとした個室に通されると、既にトップマグ社の社長と写真雑誌を出版したフーゲンベルク社の社長が待っていた。
「あ、すんません、遅れましたか…?」
「いやいや私たちがね、早く来てただけなんだよ、さ、じゃ食べようか」
「はい。あ、どうも、このたびはいろいろとありがとうございました」
フーゲンベルク社の社長に頭を下げる。
社長は、50前後の短いグレイの髪をした、上品そうな男性だった。
「いや、おかげでこっちも売り上げが良くてね、いい仕事ができたよ」
すごい好評なんだよ、とにこにこして言われて更に頭を下げる。
座ると、上等なワインから始まり、前菜、スープ、メインディッシュ等々と、虎徹では普段絶対食べられないような素晴らしい料理が出た。
久しぶりに虎徹も舌鼓を打つ。
トップマグ社とフーゲンベルク社の社長と3人だけなので気分も楽だ。
営業用のアイパッチもする必要が無く、服装もいつものシャツにネクタイ、その上におとなしめのダークスーツぐらいでそんなにかしこまる事もなくその点でも楽である。
「しかし君たちってマスコミの話題をさらっているよね、今一番旬なんじゃないかい?」
「はー、そうっすか?」
「コンビを組んで良かったと思うよ。トップマグ社に居た時よりも待遇もずっといいんじゃないかね?」
「あー、でもそうでもないっすよ。コンビってのもいろいろと気を遣いますからねぇ…」
「そうかい?確かに、相棒のバーナビー君がいろいろと物議を醸しているからね」
「はぁ…まぁ、なんでしょうねぇ…」
「まぁ、いいじゃないか。君に元々人気があるって言う事なんだろうしね」
と無闇に持ち上げられてどう反応していいか分からず、ただもぐもぐと食べていると、トップマグ社の社長の携帯が鳴った。
「ちょっと失礼」
社長が立ち上がって部屋の隅に行き、携帯に出る。
あらかた食べ終わって、最後にデザートと珈琲が運ばれてきた所だった。
携帯に出た社長が、申し訳ないというように言ってきた。
「すまん、急用ができてしまった。私は先に帰る事にするよ。あ、タイガー君、君はゆっくりしていきたまえ。じゃあまた何かあったら」
そう言ってトップマグ社の社長が慌ただしく退出する。
そうすると虎徹は個室にフーゲンベルク社の社長と二人きりになった。
テーブルの上にはエスプレッソとデザート盛り合わせ、それからデキャンタに入ったワイン。
「もっと飲むかい?」
フーゲンベルク社の社長が、虎徹のワイングラスに冷えたワインを注いだ。
「あー、すんません、どうも…」
注がれたワインを一口飲む。
上質で美味しい食事とこれまた上等なワイン、それに豪華な雰囲気。
虎徹もしばしバーナビーの事を忘れて、豪華な気分に浸る。
「ところで、タイガー君」
ワインを飲みながら、社長が虎徹の顔を覗き込むようにしてきた。
「はい?」
「君の写真だけどねぇ、とても好評なんだよ」
社長がにこやかな笑みを浮かべて言ってきた。
「はぁ、そういうもんすか?誰が買うんですかねぇ。こんな中年のおじさんの写真とか見ても楽しくないと思いますけどね」
「いやいや何を言うんだい。君は自分の価値が分かってないのかな?自分の写真を見たんだろう?」
「はぁ、雑誌もらった時に見ましたけど、なんつうか、恥ずかしいっすね。でもカメラマンの腕が凄いから上手に撮れてるなぁとは思いました」
「いや、カメラマンもだが、やはり被写体がいいからだよ。君は本当に美しいよ…」
突如社長の声の調子が変わったので、虎徹は『ん?』と思った。
「タイガー君、君は自分の魅力があまり分かってないようだね…」
(………)
そういえばこれと似た事をバーナビーにも言われた気がする。
(あれ……そういえばなんだっけ…。注意しろって言われた気もするんだけど、あれれ…)
なんとなく危険な、…注意しなくてはいけないのではないかという気持ちになって、虎徹はやや眉を寄せた。
社長が立ち上がって虎徹の傍に来た。
ぼんやりして見上げると、社長がおもむろに虎徹の腰に手を伸ばしてきた。
(あれ……おかしい…)
身体の末端が脱力してよく動かない。
「社長さん…?」
抱き上げられてそのままテーブルから、背後の三人掛けの大きなソファに移される。
どさり、と降ろされ、その上から社長が圧し掛かってきた。
(あれ……あれ…ちょっと待った……あれ…これはやばいぞ、やばい…!)
「タイガー君…君は本当に可愛いよ。君の写真を見たときから私は君の虜だったんだ…」
(待った、やばっ!!)
社長が熱っぽく耳元に囁いてきた。
押しのけようとするが全く身体に力が入らない。
これはおかしい。
社長が瞳を細める。
「悪いね、タイガー君。ちょっとワインに筋肉弛緩剤を入れさせてもらったよ」
「…は?」
「大丈夫、全く副作用はないから」
「や、その…冗談は……」
「冗談なんかじゃないよ、タイガー君。本当に君は綺麗で可愛い。君の魅力に今まで気が付かなかったなんてね、私も迂闊だった。君が人気のある理由はね…、君の写真を見て、それから最近マスコミによく出ている君を見て、みんな君がいかに魅力的か分かってきたからだよ」
「や、そ、そりゃぁ…その…」
どうしよう。心臓がばくばくする。
すごくヤバイ雰囲気だ。
手足が動かなくてだらんとしているし、社長が覆い被さってきてそのまま抱き締められている。
こんなに同性と身体が密着した事は無い。
この間、テレビのプロデューサーに迫られた時だって、こんなにはならなかった。
「タイガー君…可愛いねぇ…。君の目は近くで見れば見るほど綺麗だ」
そう言われて目尻に社長の薄い唇が押しつけられた。






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