◆スクープ☆ヒーロー恋愛事情◆ 8
(うわっ……)
背筋がぞぞっとして思わず顔を背けると、その顔を追いかけるようにして社長の顔が動く。
顎をがっちりと固定されて動けず、そのまま社長が口付けてくる。
「んっ……っんん…」
歯列を割って舌が咥内に入り込んでくる。
顎を掴まれ、引っ張られて口を開かざるを得ず、開いた所に遠慮無く社長の舌が差し込まれる。
それが咥内を這い回り、顎裏の粘膜を擦ってくる。
クチュクチュ、と水音がして舌を噛まれ、吸い上げられて全身が震えた。
「可愛い…ますます君が欲しくなったよ」
「や、その…っ…」
――どうしよう。
どうしようどうしよう。
この間もキスはされたが、そこでなんとか振り切ることは出来た。
が、今回は身体が動かない。
しかもここは個室で誰も来ない。
きっと人払いがしてあるのだろう。店員も来ない。
しゅる、と虎徹のネクタイが解かれた。
呆然として社長を見上げると、社長が虎徹の目を覗き込んでにっこりと笑ってきた。
「君の目は茶色かと思えば金色にもなるし、綺麗だね、見とれるよ。肌もつやつやだ。でも一番可愛いのは唇かな?何回でもキスしたくなるよ」
ちゅっちゅっと口付けられる。
「や、その、もう…俺、困るんですけど…その、帰らせて、ください…」
と切れ切れながら言うと、社長がくすっと笑った。
「そういう言い方もそそるねぇ、タイガー君。でも、君だって、いい年の大人だろう?お互い楽しもうじゃないか…」
(いや、いやいや、楽しめねーからっ!…やだっっ!)
楽しもうとか言われると俄然これから何をされるのか具体的に想像がついて、虎徹は蒼白になった。
どう考えてもこのままセックスになだれ込むつもりだ。
知らない男とセックス……。
バーナビーの言葉が頭に思い浮かぶ
『あなたは魅力的なんだから、気をつけてください』
(ごめん!ごめんごめん、バニーちゃん、なんか俺、やられそうなんだけどっ…。どうしよう…っっ!)
ネクタイが抜き取られ、シャツのボタンが外された。
「肌もすべすべしているけど、君は身体つきも素晴らしいね…」
首筋に噛み付かれて、胸元に手が這って、乳首をきゅっと摘まれる。
「うぁっっ!!」
「この辺の筋肉の付き方が素晴らしい、理想的だ。君の写真を見た時に見とれたんだけどね。…きっと私と同じように思った男はたくさんいるだろうな。じゃないとあんなに雑誌が売れないからねぇ。特に君は腰が細い、素晴らしいね…」
胸元から腰にかけて撫でられて、ぞくっと鳥肌が立つ。
「君のジュニアはどういう形をしているんだろう、とても興味深いよ…。でもまぁ、お楽しみは後にとっておいて、まずはゆっくり楽しませてもらうよ?」
(どうしよう、どうしようどうしようどうしよう…っ!)
ピチャピチャと水音がして、首筋から彼の顔が胸元に降りる。
「う……っ」
乳首を吸われて虎徹は喉奥で声を詰まらせた。
濡れた舌が乳首を捏ね回してくる。生理的な刺激でソコが堅くなったのが分かる。
社長が軽く笑って虎徹を見上げてきた。
「ほら、こんなに反応しているよ、ちょっと嬉しいねぇ」
乳輪をねっとりと舐められて、虎徹は顎を仰け反らせた。
視界が潤んだ。
(どうしよう…どうしよう、バニー、バニーっっ)
『あなたが油断するからですよ…』
頭の中でバニーの声がする。
『でもバニーちゃん、俺、こんなの全然予想してなかった…』
『予想してないとか甘いですよ。あなた、自分がどれだけ人気があるか分かってないんですか?』
『だ、だって、だって…』
『残念ですね、あなたのこと好きだったのに。…そんな風に他の男に汚されたあなたなんて、僕が好きになるに値しません』
『バニーちゃん、そんな……!』
頭の中のバーナビーが、勝手に言葉を紡ぐ。
自分の頭の中の妄想だとは分かっていても、虎徹は狼狽した。
『虎徹さん、あなたには失望しました。……さようなら…』
『いやっ、いやだっ、いやだ、バニー!お願いだからっ、行かないでくれっ!!』
頭の中のバーナビーが、背中を向けて去っていく。
『…バニー…お願いだっ…行かないでくれよっ!』
バーナビーの姿がどんどん小さくなる。
『いやだっ、いやだいやだーっっっ!』
「あっ……ふ……ぁっ…」
乳首を噛まれてびくんと身体がうねる。
「可愛いね、タイガー君。気持ちいいかい?」
社長の言葉に虎徹は力無く首を振った。
(違う。違うんだ。何が違うか分からないけど、違う…。こんな事……なんで?……バニ−、助けてくれ、バニー…!)
『何言ってるんですか、僕の事好きでも何でもないんでしょ?』
『や、そんな事ねーよっ、バニーちゃん、バニー、こんなの嫌だっ、お前がいい!お前の事、好きなんだっ!』
………好き………。
――そうなんだ。
思わずぶわっと涙が溢れてきた。
……そうだ、どうして気付かなかったんだろう。
社長に身体をまさぐられて漸く虎徹は気付いた。
こんな事、誰にもされたくない、バーナビー以外には。
『虎徹さんが好きです』、そう言ったバーナビーの真摯な口調が頭の中で再現される。
あの時――バーナビーに迫られて抱き締められた時、動揺して泣いてしまって怖かったけれど、でも身体は全然嫌じゃなかった。
むしろ反対に興奮して勃起して、バーナビーを欲しくなっていた。
それが怖かったのだ。
それ以上進むと、自分がバーナビーにすっかり溺れてしまうのが分かっていたから。
そんな風になるのが怖かった…。
だってバーナビーは自分よりも十歳以上年下で、あんなに格好良くて人気者で。
なんで俺なんだ、俺みたいな中年の冴えない男に、なんであんなに熱烈に好きだなんて言えるのか、…どうしても分からなかった。
いや、今だってよく分からない。
なぜバーナビーはあんなに自分の事を好きなのだろうか。
そんなに自分に価値があるとは思えない。
バーナビーはその気になればどんな女性とだって好きなように恋愛できる、若くて格好良くて素晴らしい若者だ。
コンビを組んでいる自分が一番よく分かっている。
だからこそ信じられなくて、怖くて尻込みした。
けれど、こんな風に……バーナビー以外の男に犯されてしまうなんて―――いやだ。
(バニー、バニー…っ)
もしいま自分に圧し掛かっているのがバーナビーだったらどうだろう。
嬉しいだろうか、それとも怖いだろうか……それは分からない。
でもバーナビー以外には絶対に嫌だ。
バーナビーでなくては嫌だ。
「あっ…あっあっ…っ」
社長の手がすっと腰骨を撫で、それから虎徹の股間を布地越しに撫でてきた。
「勃起しているようだね、タイガー君」
「ぅ……ぁ…」
ぞくっと悪寒が走る。
嫌悪感に耐えられないのに身体は反応していた。
それが耐えようもなく厭わしい。
(いやだこんなの、バニーじゃなくちゃ嫌だっ。バニー…助けてくれよ…っ)
バニー……バニーバニー…。
好きだ、バニー。
お前の事、本当は好きだったんだ、俺も。
そんなの前から分かっていた。
でも俺が好きだって言ってしまったら、そこでもう俺はどうしようもなくなる気がして、怖くて言えなかった。
だってお前は俺よりずっと選択肢が多くて、よりどりみどりじゃねぇか。
俺みたいなヤツをわざわざ選ばなくて良い、というか選ぶ事自体がおかしいと思ったんだ。
だからあんなに熱烈に告白されて、戸惑ってどうしたらいいのか分からなかった。
本当は、…本当は俺はお前の事が好きだったんだ。
ずっと自分を誤魔化していたけれど。
きっと本当は、お前より俺の方が、お前の事好きなんだ。
バニー、バニー、もしお前がこんな俺の事許してくれなかったら、どうしよう。
もしバニーに嫌われたら……。
(……嫌だ、嫌だ、そんなの嫌だ……!)
動かない手をそれでも必死に動かして、虎徹は右手首のPDAの緊急発進通知をソファに擦りつけて操作した。
それは直接コンビであるバーナビーの所に届くようになっている。
PDAにはGPS機能もついているから、それでバーナビーには虎徹がどこにいるか分かるはずだ。
しゃべれないからそれしかできなかったが、今はそれで助けを呼ぶしかなかった。
バーナビーにこの場面を見られてどうなるか。
それはとても怖かったが、それ以上にこのままこの社長に犯されてしまう方が耐えられなかった。
そんな事をされたら、バーナビーが二度と自分を好きだと言ってくれなくなるかも知れない。
その方が怖い。
その方が恐ろしい。嫌だ、そんなのは。
PDAを操作したことは社長には気づかれなかったようで、社長は嬉しげに瞳を細めながら胸をぴちゃっと舐め、虎徹の股間を執拗に撫でてきた。
ぞくぞくと背筋を悪寒が這い上がってくるのに、反対に身体は熱を持ってくる。
社長の顔を見たくなくて顔を背けて目を閉じる。
その顔を見たのか、社長がくすっと笑った。
「嫌なのかい、タイガー君、そういう風に嫌がるところも可愛いねぇ、そそるよ。…大丈夫、そのうち気持ち良くなってくるからね…君は男との経験はあるのかい?…なさそうだね、可愛い…」
社長の骨ばった大きな手が虎徹の臍を撫で、脇腹を撫で、それから下着をかいくぐって直に虎徹の股間を握ってきた。
「ぅうっっ!」
握られた瞬間、ずきん、と背骨から脳髄まで電撃が走り抜け、虎徹は思わず背筋を逸らして呻いた。
「いい反応だ…君のここも熱くて硬くてびくびくしているよ…可愛いねぇ」
(いや…嫌だ…嫌だ嫌だ…バニー、バニー…早く来てくれよ…)
「本当に可愛い。…君とこうしていられるなんて夢のようだよ。ずっとしたいと思っていたんだよ、あの写真を見てからね…?タイガー君…」
きゅっと扱かれて堪えきれず、虎徹は思わず『ぁ』、と小さい声を上げた。
―――バタンっっ!
その時、突然個室のドアが開いた。
ぎょっとして社長が顔を上げるのが分かる。
虎徹も涙でぐちゃぐちゃになった目をドアに向けた。
見慣れた姿が立っていた。
背の高いくるりとしたふわふわな金髪。厳しい緑の瞳。赤いライダースジャケット。
バーナビーだった。
「な、なんだね、君、突然、失礼じゃないか?」
「どうもすいません。お取り込み中」
バーナビーの声は落ち着いていた。
「申し訳ないんですが、タイガーさん酔うと良くない癖がでるので、心配で迎えに来ました。引き取らせていただきます」
落ち着いているが有無を言わさない強い調子だ。
「うちのタイガーの粗相、申し訳ありません。タイガーの方から誘ったんですよね、申し訳ないです。彼にはあとできつく言っておきます。酔うとだらしなくなって、他人様に平気で無礼なことをするものですから僕も困っているんですよ。ほら、タイガーさん、なんですかそのだらしない格好は。本当にあなたって人はもう…社長に申し開きできませんよ」
続けざまに言ってバーナビーが近寄ってくる。
社長がしかたがない、というように身体を離すと、バーナビーが虎徹のだらしなくはだけた服を直して、虎徹の身体を抱き起こした。
「本当に申し訳ありませんでした…。タイガーさん、酒癖悪すぎなんです」
「い、いや、そんな事はないよ」
「よく言って聞かせますから、どうかこのことは内密に。…全くこんなはしたない格好をして、社会人にあるまじき姿ですよね」
あくまで虎徹が酒癖が悪くて社長を誘った、ということにして、社長の顔を潰さないように配慮しているらしい。
狼狽している社長を尻目にバーナビーは虎徹を軽々と肩に担いだ。
「では申し訳ありませんでした。失礼の段、どうかご容赦ください」
そう言って、社長に反論の機会を与えず、あっという間にレストランを後にする。
そのまま表に出て、路上に停めてあったバイクのサイドカーに虎徹を押し込める。
バイクはすぐに発進して、虎徹はバーナビーのマンションまで連れて行かれた。
ほっとして安心したのもあってか、とにかく虎徹は呆然としたままだった。
サイドカーに力無く身体を預けて、焦点の合わない瞳をバーナビーに向ける。
「どうしたんですか、何か盛られたんですか…?」
「……ん…そ、うかな…」
虎徹はまだ口も良く利けなかった。
バーナビーが眉を顰めたまま、サイドカーをマンションのビルの地下駐車場に停める。
虎徹をぐっと抱き上げてお姫様抱っこするとエレベータを昇り、ドアを乱暴に開けて部屋に入る。
どさり、と虎徹をベッドに降ろし、着ていたスーツや靴を脱がす。
そこまで一気にやってようやく緊張が解けたのか、バーナビーが動作を止め、はぁ、と深い溜息を吐いた。
それから怒りに満ちた緑の目で、虎徹を睨んできた。
「虎徹さん……本当に……僕があれだけ言ったでしょうがっっ!!!」
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