◆スクープ☆ヒーロー恋愛事情◆ 3
「…ブハァ―ッ!!!」
「っおいっ虎徹っ、きったねーなぁっ!」
「わ、悪い、ちょっとそのっ…!」
バーナビーのその発言を聞いた瞬間、虎徹は思わず口に含んでいたスポーツドリンクを盛大に吐き出してしまった。
それは虎徹のTシャツの胸元から膝、それから隣に座っていたアントニオの足にまで引っかかり、アントニオが慌てて立ち上がる。
(小野ユーレイ様よりいただきました)
「うわっ、ちょっとっ、ちょっと今の聞いたっ?なにあの発言!!ちょっとタイガー!バーナビーって、アンタの事好きだったのっ?」
カリーナがわなわなと震えたまま立ち尽くす。
「え、いや、だ、からそのっ…アレは…」
「まーハンサムったら、一体どうしたのかしらねぇ…」
「いやぁ、びっくりだよ、ワイルド君。君たちそういう関係だったのかい?」
「いや!いやいやっ!だからそのっ!」
ヒーロー仲間達がみんな一様に驚愕し、呆気に取られて虎徹を見つめてきた。
カリーナは怒り出し、ネイサンは囃し立て、アントニオは慌てて雑巾を取りに行ってごしごしとベンチを拭き、キースはにこにこと何故か嬉しそうで、イワンやホァン・パオリンはただただびっくりして目を丸くしている。
テレビの中ではインタビュアーもすっかり驚いていた。
『えー!!!ワイルドタイガーさんなんですか!それは………………』
驚きのあまり、その後の言葉が続かないようだ。
バーナビーが小首を少し傾げ、金色の巻き毛を微かに揺らし、ふっと口元に寂しそうな笑みを浮かべて頷いた。
『タイガーさんは何も知りませんよ。僕が一方的にあの人のことを好きなだけですから。今までずっと隠してきて、これからも僕の心の中に秘めておこうと思ったんですけど、……でも、あの人に、僕が女性と付き合っているとか、好きな女性がいるんだとか誤解されるのだけはどうしても辛くて…』
『そ、そうですか…。いや、すごい事を聞いちゃいましたよー!!大ニュースですよっ』
立ち直ってきたのか、インタビュアーが先程までの呆気に取られて間抜けな表情を電波に乗せてしまった埋め合わせをするかのように、勢い込んで言ってきた。
『バーナビーさんの愛する人がワイルドタイガーさんだったとは!皆さん聞きましたか?これは重大ニュースですよ。新事実発覚ですっ!』
すっかり顔を輝かせ、目をらんらんと光らせながらバーナビーに更に質問をしようとして、そこで背後から終了の合図をされたらしく、はっとして残念というように肩を落とした。
『あら、もう、時間になっちゃいましたか…。これからっていう時に、本当に残念です』
インタビューの時間切れらしい。
がっくりして、それから気を取り直したように顔を上げて、インタビュアーが笑顔を作る。
『もう時間が来てしまいました。でも今日は本当に有意義なお話が聞けて、インタビューした甲斐がありましたっ。バーナビーさん、ありがとうございました』
『いえいえ、こちらこそ。…そういう訳なので、他の若くて綺麗なお嬢さんがたと僕との話題と言うのは、今後は無しでお願いしますね。タイガーさんに誤解されたくないので。……僕は、彼を心から愛しているんです。彼しか見えないし、これからもずっと彼のことが好きです…』
『そう、そうですかぁ……』
あまりの熱烈な物言いに、インタビュアーがぽぉっと頬を染めた。
『はい、今日は、ええっと、今大人気のヒーロー、バーナビー・ブルックスJr.さんにお越しいただきました。バーナビーさん、どうもありがとうございました』
『いえ、こちらこそ』
そう二人が言って軽く画面に向かって笑ってみせてから、テレビはぱっとCMに切り替わった。
「はー……」
なんとなく、トレーニングルームでは溜息が諸処で聞こえてきた。
「いや、すごいわぁ、ハンサム。熱烈じゃない、すってきー!」
ネイサンがうっとりして呟く。
「タイガーあんた、こんなに愛されててどうすんの?」
「……え?」
「おい虎徹、口元拭けよ…。いろいろ零れてるぜ…」
アントニオがティッシュを差し出してきた。
「お、おう…悪い…」
あまりのことにびっくりして、飲んでいたスポーツドリンクを吐き出してしまったのをアントニオに拭いてもらった上に、口元までアントニオに気遣われてしまった。
ぽかんとしてテレビを見ていたため、スポーツドリンクの雫やら、涎やらが垂れていたらしい。
慌ててティッシュで汚れた口元を拭く。
「あんなハンサムからあーんなに熱烈に愛されるなんてすごいわぁ、うっとりしちゃう」
ネイサンがすっかり浸っているので、虎徹は困惑した。
「おいおい、どうするんだ、あんな風に告白されちまってよ」
アントニオも話しかけてきて、虎徹は更に困惑した。
「だからさぁ、アレは……アレだよ…」
虎徹も自分が自分で何を言っているのか分からなくなったが、取り敢えず焦って弁明する。
「アレは、きっと、アレだよ。……ほら、バニー、すっかりうんざりして怒ってただろ、あのアイドルとくっつけられそうになってさ。それでアレだよ…、アレ。うん、…他に好きな人いるっつう事にしとけば、ああいう風にうるさく言われないと思ったんじゃねーの?それできっと、誰か適当なヤツの名前上げちゃえって考えて思いついたのが、俺、とか…?」
「うーん、そうか…?」
「そうそう!…その辺の他の女じゃやっぱりいろいろ言われっちまうから、俺にしたんだよ!」
頭の中に取り留めも無く浮かんだ内容をそのまま口にしているだけだが、口にすると自分でもそうじゃないかとか思えてきて虎徹は勢い込んだ。
「俺だったら、ほらもう、それ以上誰も文句とか言えないんじゃねぇ?他のなぁ、女とかアイドルとかじゃ、またそこで噂になってまた別のほら、…アレ、えっと、別の女がさぁ、『私の方がバーナビーにふさわしいわぁ』、なんて言って出てくるかもしれないけど、俺じゃあ、もうどうしようもなくね?」
「……まぁな」
「だからそうだよっ、ああいう風に言っておけば、もう誰も何も言ってこねーんじゃねーかなって思ったんだよ、……そうだぜっ」
「…まぁ、それもそうかもなぁ…」
アントニオが眉を寄せて考え込む。
「え、そうかしらぁ。あんなに熱烈なのにぃ?…でも、それも一理あるわねぇ…」
ネイサンがつまんない、というように手を天井に向けてひらひらとさせて言ってきた。
「でも、ハンサム、自分の事ゲイにしちゃうわけね。…それってイメージ的にどうなの?せっかくハンサム、モテモテキャラで定着してきたのにねぇ?」
「うーん…。まぁそれもそうだよな…」
アントニオがネイサンの言葉にも頷く。
「勿体ねーよな、俺だったらさぁ、あんなモテモテだったら、アレだ…。その、いろんなアイドルと話したりとか、こうしっぽりとか……したいけどなぁ?」
虎徹も頷いた。
「ちょっとアンタたち、不潔な事言わないでよっ!もう!!…って言うか、バーナビーも変だけど、タイガー、アンタも変!」
カリーナがぷりぷり怒りながら言ってきた。
「まぁ…でも僕は、バーナビーさんのやり方悪くないと思いますよ?」
そこにイワンが入ってきた。
「タイガーさんには迷惑かかっちゃうかもしれないですけど、タイガーさんはコンビを組んでいる相手で会社も同じですしある程度の迷惑はしょうがないって事じゃないですかね。…それ以外の人に全く迷惑を掛けないで、しかもみんながあきらめるようにしむけた訳ですから、かなり効果的なやり方な気がするんですけど…」
「んまぁ、考えてみるとそうねぇ。あれであのクリスティアももうこれ以上どうしようもないでしょうし、…ハンサムが別のアイドルと噂になったりしてクリスティアの父親が出しゃばってくるとか、芸能プロダクションとアンタのとこの会社の関係が悪くなるとかね、そういう事も今後は無いでしょうし」
確かにバックにいろいろ面倒な組織がついている相手を躱すには、一番無難かもしれない。
「あんだけ公共の電波上でハンサムが熱烈に告白しちゃったんだから、ハンサム、貴方以外に見向きもしないって思われたでしょうしねぇ」
「うーー………でも勿体無くねぇか?やっぱり…」
「勿体無いって言うのと、自分の立場的に周囲と上手くやっていくのと、どっちか取るしかないんじゃないんですか?」
「そういうもんかぁ?結構大変なんだなぁ、モテモテキャラもなぁ…。……それにしても驚いた…。心臓止まるかと思ったぜ…」
イワンの言葉を聞いて、虎徹ははぁと肩を落として溜息を吐いた。
はっきり言ってあの熱烈な告白には度肝を抜かれた。
ものすごく動揺した。心臓が跳ね上がった。
全身が一瞬にして冷えて、それから一気に体温が上がった。
『ワイルドタイガーさんを愛しているんです…』
バーナビーの言葉が頭の中で何度も再現される。
(…いやいやいやいや、無いから、そんな事絶対無いからっ!でも、あんな風にすげぇ熱烈に言われるとなぁ、恥ずかしくなるっつうかなんつうか…はぁ……)
「おいおい、大丈夫か?」
アントニオが心配そうに顔を覗き込んできた。
「あ、いや大丈夫大丈夫。ちょっとね、びっくりして疲れちゃったよ…今日はもう帰るわ」
「そうか。とりあえず落ち着けよ?」
「あぁ…うん、了解了解」
「ワイルド君、ちゃんと休むんだよ?」
「あぁ、悪いなー。じゃ、またな?」
そう言って虎徹はふらふらしながらトレーニングセンターを後にして、アポロンメディア社に戻った。
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