◆茨の冠◆ 1
シュテルンビルト市は、二つの大河に挟まれた三角州のような土地に建設されている。
精緻な計画の元に作られた都市には、他の都市にない施設がいくつもある。
そのうちの一つが、ヒーローを養成する教育機関、ヒーローアカデミーである。
ヒーローアカデミーは、市内イーストシルバー地区の研究機関が集まった一区画にある。
広大な敷地を持つそこには、ヒーローアカデミーの中等部、高等部、大学、それから大学院と四つの教育機関が隣接して建設されていた。
敷地内には寄宿舎もある。
シュテルンビルトに市民ではない他国や他の市からネクスト能力を見いだされ、ヒーローアカデミーに入学してくる者のために、中等部からもう寄宿舎が完備されている。
バーナビー・ブルックスJr.は、そのヒーローアカデミーの大学院修士課程の2年生だった。
ヒーローアカデミーはヒーローという名が付いているだけあって、第一義の目的は、シュテルンビルト市内で活躍するヒーローを要請するということだった。
しかし実際にヒーローになる者はほんの一握り、いるかいないか。
そのため実際には、さまざまなネクスト能力を持つ人間が、自分のネクスト能力を制御し一般市民との間で上手に暮らせるように訓練する場所であり、社会に役立つ有益なネクストを育成するための教育機関というのが本義である。
ネクスト能力も、ほんの僅かの能力から強大なものまで人それぞれだ。
また年齢も、特に大学は所定の年齢の18歳で入学してくるものもあれば、壮年、中年、あるいは老年になってネクスト能力が発現して、地方自治体の推薦のもと奨学金を得て内地留学をするものまで多種多様であった。
社会人の場合、所属している会社あるいは団体を一定期間休職し、内地留学と言う形式でヒーローアカデミー大学部に編入してくるものが多い。
そして一定期間ネクスト能力についての講義を受講したり、能力の制御や訓練などを行って、それからまた一般社会に戻っていく。
そういう風にして、ネクストと一般市民との摩擦を防ぎ、ネクスト能力者が迫害されないようにするのがヒーローアカデミーの大きな目的であった。
バーナビーは、18歳になってヒーローアカデミー高等部から大学部へと入学した。
教授の覚えも目出度く大学から大学院と進み、現在内々定ではあるが、修士課程終了後は、シュテルンビルト市内でも第一と言われる大企業、アポロンメディア社にヒーローとして就職する事が決まっている。
といってもそれは半年ほど先のことだ。
あと半年間は学生でいられる。
バーナビーは現在、最後の大学生活を満喫していた。
その日もバーナビーはいつものように午前中研究室で教授の研究を手伝い、午後は自分の修士論文のテーマでもある、メカニックとネクストの関係についての論文の研究をして、それから大学を出て街に出てきた。
修士論文の方もほぼ完成に近付き、あとは手直しをして提出するぐらいである。
その後教授たちによる審査を受ければ晴れて修了となる予定だった。
シルバーステージからタクシーでブロンズステージへと降り、バーナビーはゆっくりとした足取りでいつも行く繁華街へと足を向けた。
彼の冴え冴えとした美貌は、繁華街の煩雑な雰囲気とは些か趣を異にしており、少し浮いた感じもする。
が、さまざまな人種や人間の集まる界隈へ行ってしまえば、バーナビーの美貌も人混みの中に紛れた。
ブロンズステージは、雑多な人々が蠢き、やや品のない店が建ち並んでいる。
道路を歩けば、呼び込みの化粧の濃い女や若い男達がしきりに手を振ったり手招きしたりする。
それらを横目で見ながら、バーナビーは目的の店に足を向けた。
バーナビーの目的の店は繁華街の外れ、やや特殊嗜好の人間の集まる店の建ち並ぶ一角にあった。
そこまで行くと、歩いている人たちもだんだと変わってくる。
表向きシックな作りの重厚な扉を開けて、するりと中に入る。
中はバーになっていて、緩やかなジャズの音楽が鳴り響き、柔らかい間接照明だけの店は薄暗かった。
三々五々立ってグラスを傾けたり話したりしている人たちの間をすり抜けて、バーナビーはカウンターに座った。
「こんにちは」
カウンターの中でカクテルを振っていたバーテンが、バーナビーににっこりと営業用のスマイルを向ける。
「いつものお願いします」
「はい」
バーナビーはこの店の常連だった。
一番端のカウンターの席に座ると、目の前にカクテルが出される。
綺麗な青い液体にハイビスカスが浮かび、グラスの縁に純白の塩が持ってあるそれを、バーナビーは上品に口に含んだ。
それから顔を店の中に傾け、店の中にいる客達を物色しはじめる。
その店は所謂ゲイバーだった。
特に明記しているわけではないし、店員がオカマと言うわけでもないが、所謂ゲイの男達が利用する店だ。
客層はそんに悪くない。
10代後半の不良めいた少年達がいないわけではなかったが、たいていは20代から30代あるいは40代の、所謂真っ当な社会人が主に利用する店だった。
バーナビーがグラスをちびちびと傾けながら店内をぼんやりと眺めていると、一人の男が近寄ってきた。
茶色がかったくすんだ短い金髪に精悍な表情。
年の頃は20代後半だろうか、カジュアルな服装をしているが物腰は上品だった。
「隣、いいかな?」
「はい、どうぞ?」
近寄ってきた男を見て、バーナビーは瞬時に判断を下した。
――まぁ、悪くない。
これなら今日の相手としていいだろう。
「や、ありがとう。じゃ、そうだな、俺にも彼と同じものを」
「はい、分かりました」
バーテンがやはり営業用のスマイルを浮かべて、彼に応対する。
にっこりと笑ってグラスを掲げる彼に、バーナビーもおざなりの笑顔を見せてグラスを掲げた。
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