◆茨の冠◆ 2









バーナビーがこの手の店を利用するようになったのは結構前だ。
元々バーナビーは、自分の性癖がストレートではなく同性愛嗜好だとうすうす感づいていた。
はっきり自覚したのは大学に入った頃だろうか。
高校の頃は寄宿舎で集団生活をしていたので、自分の自由になる時間も空間も無かったし、個人的に誰かと付き合うという事もなかった。
が、ヒーローアカデミー大学部に入学した事で、それまで生活していた寄宿舎から、マーベリックに紹介されたゴールドステージの高級マンションに移り住んで一人暮らしを始めた。
高校の頃からバーナビーの美しさは他にぬきんでていたから、同級生、下級生、あるいは上級生の女子達にきゃーきゃー言われていたし、それは勿論大学に入っても同じだった。
きゃーきゃー言われるだけではなく、あきらかにアプローチをかけてくる女性はたくさんいた。
大学生になった後、そんな中の数人と寝てみた事もある。
しかし、バーナビーは全く興奮しなかった。
役に立たなかったという事ではなく、義務的にセックスはできたが、少しも楽しくない。
だから、アプローチをかけてきた女性達とも、皆一回きりで関係は終わってしまった。
何人かと寝てみて、相手が問題なのではなく、どうやら女性に対しては興奮できない自分が問題なのだと分かったバーナビーは、次にアプローチをかけてきた男と関係を持ってみた。
勿論、その時もその相手が好きだとかそういうのではなく、単に女性が駄目なら同性愛なのだろうか、と思ってセックスをしてみたのだが、それがとても良かった。
相手がその手の行為に慣れている人間だったからかも知れない。
ふらふらと街を歩いていた時に、自分をナンパしてきた男だった。
今考えると随分危険な事をしたと思うが、その時はとにかく自分の性癖について確かめてみたかったのだ。
優しく身体中愛撫されて、信じられないほど興奮した。
アナルセックスをしたが、殆ど痛みもなかった。
それよりも、我を忘れるような興奮に自分が恐ろしくなった程だった。
この男とも勿論それ一度きり、名前も知らない。
しかし、その一件で自分の性嗜好が分かったバーナビーは、それからいくつかのゲイバーを覗いてみた。
いくつか店を渡り歩いて、最終的に現在利用しているこのブロンズステージの外れの店に落ち着いたというわけである。
ここに至るまでに何回か危険な相手に遭遇した事はあった。
しかし、バーナビーが本気を出せば相手から逃れることなどいとも簡単である。
元々ハンドレッドパワーを持つ強力なネクスト能力者である上に、常にトレーニングを欠かさず身体を鍛え、身体能力を向上させ、護身術や逮捕術なども身につけているのだ。
外見がたおやかそうに見えるから、相手の男が油断して横柄な態度を取ってくることもあるが、たいてい気に入らない相手は少し痛めつけるぐらいで這々の体で逃げていった。
そんな風にしてバーナビーは、その店のいわば常連となっていた。
常連ではあるが、バーナビーは一度関係を持った男と二度と関係を持つことは無かった。
ゲイの中にはそういう風に後腐れのない関係だけを続けるものも結構いる。
バーナビーもそういう人種だと他の常連たちには認知されたようで、その店の常連と一通り寝てはみたが、誰もしつこく言い寄ってきたりもしない。
そういう点でとても居心地が良かった。
その日声を掛けてきた男は、バーナビーにとっては初めてみる男だった。
新入りだろうか。
とりとめもなくその男の話を聞く。
最近のシュテルンビルトの治安についてとか、街の様子とか。
気候や最近のスポーツについてとか。
そういう当たり障りのない話をしながら、男がそっとバーナビーの手を握ってきた。
「お店、出ようか?」
「そうですね…」
今日の相手はこいつ、と決めたなら、店に長居していてもしかたがない。
カクテルはちょうど飲み終わった所だったし、きりの良い時間だった。
立ち上がってテーブルの上にチップを置くと、バーテンが軽く手を上げて挨拶をした。
それに自分も挨拶を返すと、バーナビーはその日の男と一緒に店を出た。










店を出ると、ブロンズステージは上二つの階層から降ってくる光の渦できらきらと空が煌めいていた。
残念ながら星空はそんなには見えないが、上階層の切れた部分からすっきりとした黒い空と、仄かな星が見える。
暖かくなってきた頃合いで、夜歩いていても心地良く、往来には比較的人がいた。
古い石畳の道路を歩いて、表通りから一本奥まった人気のない通りに入る。
その通りには、表通りの繁華街から移動して宜しくやろうというカップルのための安ホテルがいくつも建ち並んでいた。
いかにもなホテルからブロンズステージにしては上品なホテルまで、何種類ものホテルが軒を連ねている。
相手の男がどの辺を選ぶのか、というのもバーナビーにはその男を判断する材料だったが、男がその界隈でも一番上等なホテルへ行こうとしたので、バーナビーはまぁいいか、と男に及第点をつけた。
一番上等なホテルは、ホテル街の一番東の端にあった。
そこまで歩いて行きそうなのでバーナビーも押し黙ってついていく。
ホテルの先はひとけのない公園が続いている。
ホテルの外れまで来ると、そこに別の男がいた。
総勢3人。所在無げにたむろしてそれぞれポケットに手を突っ込んでガードレールに腰を掛けていたり、あるいは煙草を吸っていたりする。
「よ、待ったか?」
先に歩いていた男が声を掛けると、待っていた男達が肩を竦めてにやりと笑った。
「いや、そうでもねぇよ。そっちが今日の?カワイコちゃんだねぇ?」
その言葉を聞いてバーナビーは眉を顰めて溜息を吐いた。
どうやら、外れを引いてしまったらしい。







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