◆Sweet Lil' Bunny◆ 1
バニーの部屋には物が殆どない。
さっぱりしていていいと言えばいいのだが、殺風景すぎて少し寂しい感じはする。
リビングの中央のソファにだらしなく身体を投げ出すように座ってそんな事を考えながら、俺はその日仕事中にもらった雑誌をぱらぱらとめくっていた。
最近――と言うのは、バニーがジェイクを倒してからこっち数週間の事だが――バニーに誘われてバニーのマンションを訪れることが多くなった。
多ければ週に2、3回。
少なくても1回は仕事帰りにそのままバニーの家に行って夕食を食べたり、夕食を外食で済ませた時にはマンションで酒を飲んだりしている。
殆ど物のない部屋にも慣れてきたし、唯一置いてあるソファはいつも自分が使わせてもらっているので、不都合があるわけでもないが、でももう少し物があって華やかでもいいとは思う。
例えば、今読んでいる雑誌に載っている部屋みたいに。
雑誌は、女性向きのファッション誌で、バニーが特集されているものだった。
その雑誌は、昼間、アポロンメディア社でロイズさんからもらったものだ。
バニーに、との事だったが、バニーが要らないと言ったので、じゃあ俺が、と代わりに貰い受けた。
雑誌には、ダブルのスーツを颯爽と着こなしたバニーが、瀟洒なホテルの一室でゆったりとソファに座っている写真や、窓際に佇んでいる写真などが載っていた。
品の良い調度品が置かれた素敵な部屋だ。
内容は、『今をときめくヒーロー、バーナビー・ブルックスjr.にインタビュー』というもので、バニーの好きな女性のタイプやら、好きな食べ物やら趣味やら、読者が興味を持ちそうなプライベートについてだった。
バニー、人気が出てきたもんなぁ…。
などと思いながらページをめくる。
相棒の人気が出るのは素直に嬉しい。
「面白いですか、虎徹さん?」
へぇへぇなるほど、と思いながら読んでいると、俺の隣で床に直に腰を下ろしてワインを飲んでいたバニーが声を掛けてきた。
「…あ、うん、結構面白いよ。普段聞けないような事が書いてあるしなぁ」
女性が聞きたがりそうな話題なので知らない事が多い。
興味深いと言えば興味深い。
「そうですか?…くだらないと思いますけど…」
バニーが肩を竦めて小さく息を吐きながら言ってきたので、俺はそんな事はない、とばかりに手を振ってみせた。
「いや、面白いぜ。…これなんか、はっきり聞きたいんじゃねぇの、読んでる女の子たち」
「…どれですか?」
バニーが雑誌を覗き込んできたので、俺は今読んでいた箇所を指で示した。
『バーナビーさん、初キスはいつですか?』というものだった。
答えは『そうですね、生まれたばかりの頃だと思いますよ。母から…なんていうのでは駄目ですか(笑)?』だった。
まぁ、曖昧にしておいた方が人気の点から言えばいいんだろうが、そういう風に答えられると、バニーの経験度が実際にはすごそうな気もする。
なんて言ってもバニーは容姿端麗だし、頭も良ければ上品で格好いい。
それにヒーローとしても十二分に活躍していてテレビに映れば視聴率も上がる。
シュテルンビルト中の女の子たちの憧れの的と言っても過言ではない男だ。
きっと昔から、小さな頃から異性には大人気だったんだろうし、そうだとすると、キスなんざ覚えてねぇぐらい昔にしてるか…。
と思うと、なんとなく微妙な心持ちになった。
うまく言えないが、ちょっとだけ、嫉妬というか寂しいというか、……説明のつかない気持ちになった。
「ホントに覚えてねぇぐらい前なんだろうけどなぁ、キスしたのとか。…今までどんだけの女の子と付き合ってきたんだ?」
自分の気持ちを振り切るように冗談めかして質問すると、
「え、…いやだな、虎徹さん。…言ってなかったですか?僕、今まで女性とお付き合いした事有りませんよ」
という答えが返ってきたので、俺は一瞬目を丸くした。
「え、そ、そうなの?…そりゃ…そのぉ…ホントに?」
信じられなくて再度聞いてみる。
「えぇ。あなただって僕の性格なんとなく分かってきてるでしょう?今までは両親の件で誰かと付き合うどころではなかったですし、それに元々そういう興味が薄いんです、僕」
「…じゃ、じゃぁ、キスとかも、…無し?」
「はい。勿論です」
「………」
意外な答えに、俺は驚いたままバニーの顔を眺めた。
確かに、バニーの性格からして、他人と深く関わるのが得意ではなさそうなのは分かったが、でも異性と交際した事がなかったとは知らなかった。
バニーにその気がなくても女性の方から寄ってきそうなものだが、…いや、寄ってきても今までは撥ね付けていた、という事か。
「…なんですか、その顔」
ついついバニーを見つめていると、バニーが眉を顰めてやや不機嫌そうな声を出した。
「や、ご、ごめんっ、バニー。…あー、でも、その…アレだよ、これからはもう、ほら、女の子とばんばん付き合っちゃえばいいんじゃねぇか?ジェイクの件も片付いたしな」
慌てて、当たり障りのない言葉を言ってみる。
いや決してそんな事を考えていたわけじゃないんだが、取り敢えずフォローの言葉を入れなくては、と思ったのだ。
「まぁ、そうですけど。…でも僕、基本的にそういう事面倒なんですよね」
するとバニーが掌を上に向けてひらひらとさせながら、気のなさそうな返事をした。
「えー!そりゃ駄目だよ、バニーちゃん」
バニーの返答に俺は思わず大声を出した。
「そりゃ他人と付き合うのはちょっとは面倒くさいかも知れねぇけど、でもそれがいいんだぞ?俺とだって、ほら、最初はお前面倒くさがってたと思うけど、でも今はいい相棒になってるだろ?…な、そうだろ?」
「…そうですね…」
「だろ!こんな風にお前んちに来て楽しく飲める間柄になったし!…楽しいだろ?俺は楽しいんだけど…」
ちょっと自信がなくなって窺うように聞いてみる。
「えぇ、楽しいです。あなたが来てくれると嬉しいですし」
「そうだろ!だったらさ、お付き合い面倒って事はねぇと思うぜ。慣れねぇから最初は戸惑うかもしれねぇけど、でも絶対楽しいって!それに、……まさか、女の子に、えーと…その、…触りたいと思わないって事は、…ねえよな?」
ちょっと内容が内容だけに口籠もりながら言うと、バニーが首を傾げて考えこんだ。
「…他人に触りたい、という欲望ですか?」
「う、うん、まぁそういう事になるけど…」
バニーが顎に手をかける。
「……どうでしょうか…」
「っだっ、どうでしょうか、じゃねぇよ!バニーだって、……えーと、…そういう欲望ってあんだろ!」
「……どういう?」
「…どういうって…だから、その、…女の子とエッチしてぇっていう欲望だよ!」
「……ないですね…」
「…えぇっ!!ないの?」
バニーがさらっと言ってきたので、俺は驚愕した。
「バニーちゃん、……一人でやってたりはするんだろ?」
「…何をですか?」
おいおい、分かってて聞いてんだろ、と思ったが、自分から言い出したのでしょうがなく口にする。
「だっ、だから、…オナニーだよ、マスかき…!…してんだろ、まさか…」
「あぁ、してますよ?」
……そりゃ、良かった…。
ちょっと疲れてしまった。
はあ、と肩を落として息を吐く。
気を取り直して、
「だったら、女の子とエッチしたいとかも思うだろ?一人でやるよりずっと気持ち良いぞ?キスだって、すげぇ気持ちいいし」
「………」
「誰か、気になる子とかいねぇの?バニーさえその気になれば、きっとたいていの女の子はOKしてくれると思うぜ?」
「そうでしょうか?」
「うんうん、絶対大丈夫!誰か、いるのか?」
「…まぁ、気になる子はいますけど…」
(……えっ、いるのか!!)
正直驚いた。
てっきりいないんだと思っていた。
―――あれ、ちょっとだけなんだか嫌な気分になった。
なんだ、これ…。
バニーに好きな子がいるとか、そりゃいい事じゃねぇか。
もっと応援しなくちゃ!
と思うのだが、なんだか胸が妙に息苦しくなる。
この話、やめてぇな、と思ってしまって、なんでだ!と自分でも狼狽して、俺は慌てて明るく言い繕った。
「よし!じゃあ、その子とキスとかエッチとかしてみようぜ!せっかくそんなハンサムに産んでもらったのに、もったいねぇって」
「キスとかエッチとかって軽く言いますけど、そんな簡単に誘っていいんですか?」
「…そりゃもう、お前だっていい年の大人なんだし、相手は…分かんんねぇけど、とにかく大人同士なら大丈夫だって!」
そう言うと、バニーがじいっと俺を見つめてきた。
「じゃあ、虎徹さん……」
「……ん?」
不意にバニーが身体を起こすと俺に顔を近づけてきた。
ふにゅ、と唇に柔らかな感触がして、俺は目を剥いた。
目の前に、バニーの長い綺麗な金色の睫が見える。
至近距離過ぎて、焦点がぼやけた金色。
呆気に取られていると、俺の上にバニーが圧し掛かってきた。
男の確かな体重を感じて硬直していると、そのまま唇が今度は強く押し当てられる。
「……っ…んっ…っ」
舌が無理矢理咥内に入って来た。
ぬるっとした熱く蠢く肉塊が、上顎の裏を擦ってきて、思わずぞくっと背筋が震える。
もしかして、バニーにキスされてる……?
もしかしてではなくて、どう見てもキスされている。
(な、なんで……!)
訳が分からなくて、俺は動けなかった。
その間にもバニーの舌が深く入ってきて、俺の舌の裏側を擦ってくる。
絶妙に擦られて顎が震える。
無意識に唇を開くと、ここぞとばかりに舌が更に侵入して、ちゅうっと吸われた。
(キス、した事無かったんじゃなかったっけ…)
とは思えないほど、巧みだった。
(あれ…あれ……?)
やべぇ、気持ちイイ……。
こんなすげぇキス、したのいつぶりだろうか。
覚えてねぇ。
奥さんとは、結婚してからはもっと穏やかな落ち着いたキスだったし…。
もっと若い頃っつうか、奥さんとつきあい始めの頃はこんな感じでがっついてたかも知れねぇけど。
でもその頃だって、俺がする方で、こんな風にされる方じゃなかった。
でも、なんで、バニーが俺にキス……?
なんで…?
って、あれ、…あれ…?
バニーの右手がすうっと俺の身体の線をなぞりながら降りて、俺の股間をさわさわと撫でてきた。
ゾクッ、と全身に甘い戦慄が走った。
ズボンの上から、股間の膨らみを握られた。
……と思ったら、左手が首筋を這い回り、そこから降りて、シャツ越しに俺の右の乳首をくりっと摘んできた。
びくん、と身体が震える。
――ちょ、っと待った!
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