◆茨の冠◆ 12









なんだろう。
彼に対してのこのもやもやする気持ちは。
……何か、彼に仕掛けたくなる。
特に、いかにも親密そうに自分に話しかけてきたり笑いかけてきたりする彼を見るたびに、そう思う。










コンビを組んで仕事を始めて二週間ほど経った頃、バーナビーは帰り際虎徹に声を掛けてみた。
「おじさん、コンビを組んだ記念に飲みにでも行きませんか?」
「……え?う、うん、……バニーちゃんから誘ってくれるなんてびっくり、嬉しいな…」
一瞬目を丸くして驚いた虎徹が、すぐににかっと笑って嬉しそうにオーケーをする。
虎徹を誘うとバーナビーは、ゴールドステージの中でも特に高級な会員制バーへ赴いた。
ゴールドステージに聳え立つ高級ホテルの最上階にある、上品で落ち着いた所で、入り口でうやうやしくて出迎えた店員にバーナビーがカードを見せると、そのまま奥の個室に案内された。
堂々としたバーナビーの後に、おどおどしながら虎徹が続く。
個室は広くゆったりとした作りだった。
窓から100万ドルの夜景と言われるシュテルンビルトの素晴らしい夜の街が見える。
店員がバーナビーになにやら説明をして運んできたワインを開け、ワイングラスに満たす。
丁重な礼をして店員が出て行くと、バーナビーはワイングラスを手に取って掲げた。
「では僕たちのこれからに…」
「お、おう…」
虎徹が恐る恐るワイングラスを手に取って口に持って行く。
一口飲んで、感嘆の溜息を漏らす。
「なんかすげぇワインだよな、これ…。俺、こんなの飲んだ事ねーぞ?」
「そうですか?あなたのお酒の好みは分からないので、僕の好みにしましたが、お口にあいましたか?」
「あ、うん。俺、普通は日本酒っていうか焼酎が好きなんだけど、……ホント、これ美味いわ。……すっげー高いの?」
ワイングラスを揺らして匂いを嗅ぎながら、虎徹が上目使いにバーナビーを見てきた。
「まぁそれなりのお値段ですけど、そんな事は気にしないでくださいね?」
「うん。でもさぁ…、なんかこの、……バニーちゃんってさ、お金持ちなの?こんな所に………。ここって会員制だから、会員じゃねーと入れねーんだろ?」
「ええ、まぁそうですね。親の遺産がありますから」
「……遺産?」
虎徹が片眉を寄せた。
「僕、4歳の時に両親を亡くしているんです。それから一人きりなんですよね」
「え?そ、そうなんだ…。兄弟とかもいない?」
「ええ、いません。ただ親がロボット工学の権威で資産家でもあったので、遺産がどっさりあるんです」
「そう…」
目をぱちぱちとさせて、虎徹が、どう反応したらいいか分からないという表情をする。
「でも、4歳から独りなんて、すげぇ苦労してんだな…」
そう言われてバーナビーは肩を竦めた。
「まぁ、ある意味そうかもしれませんね。ところでおじさん」
「……ん?」
ワインを数杯飲んで虎徹がほろ酔い気分になったのを見計らって、バーナビーは切り出した。
「下に部屋を取ってあります。行きませんか?」
「……え?部屋?」
意味が分からないのだろう、虎徹が小首を傾げた。
「えぇ、部屋です…。分かるでしょ、おじさん…」
そう言って右手を伸ばして、テーブルに置かれた虎徹の左手にそっと重ね、意図的に指の股をまさぐる。
そこで初めて意味が分かったようで、虎徹がはっと表情を変えた。
「……………」
なんと返事をしていいか分からないのだろう。
自分の手に重ねられたバーナビーの手を見下ろし、それから目線を上げてバーナビーの真意を窺うように見上げる。
バーナビーが冗談でもなんでもなく真面目に言っているのが分かってか、困惑したように視線を揺らし、俯く。
虎徹がどういう返事をするのか、バーナビーは興味があった。
――この人は、どうだろうか。
自分とセックスをすると言う事を、どう思っているのか。










勿論、半年前の時はなりゆき上自分を抱いてくれただけで、彼が元々同性愛嗜好でもなんでもないのは分かっていた。
その日に出会った見知らぬ相手とセックスをするような、そういう人間でもないだろう。
彼の家族構成については、彼が半年前に出会った相手だと分かって以降、以前マーベリックからもらい受けていたファイルを読んでみた。
既婚者で娘が一人、妻は5年前に死亡、とあった。
半年前の様子やこうして今仕事上接しているだけでも、彼には異性の影も形も見られない。
左手薬指に結婚指輪をまだ嵌めている所からして、彼が亡くなった妻を愛していたのは明白であるし、きっと今でも愛しているのだろう。
彼はそういう風に一人の相手と大切に愛をはぐくんで、そしていつまでもその愛を薄れさせず大切に心の中に持っているという種類の人間なのだ。
それは人間として好ましい理想的な性格とも言えたが、しかしバーナビーは面白くなかった。





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