◆茨の冠◆ 13









うまく表現できないが、虎徹と比べて自分がどこか人間として恥ずかしいような、そんな気がしたのだ。
劣っているような。
そんな個人的な事柄は、その個人個人が自分で納得のいくようにできればいいのであって、虎徹のような生き方もあれば、自分のような生き方もある。
でもそうは思っても、バーナビーは虎徹を自分の方に引き寄せたかった。
自分よりも高い所に居るように思われる彼の手を引きずり下ろして、自分と同じように貶めたかった。
そんな複雑な気持ちはおくびにも出さず、バーナビーは虎徹の困惑したように揺れる琥珀色の目を見つめて微笑した。
「いやならいいんですよ?あなたに迷惑はかけたくありませんから…」
そういう風に言えば虎徹は断ろうと思っていたとしても、そこで逡巡するに違いない事は分かっていた。
案の定虎徹は眉を寄せて、否定も肯定もできずにいた。
「あ、あのさ……」
言いづらそうに虎徹が口を開く。
「……はい?」
「あの、バニー…、その、……最初に会った時だけど、ああいう場所、っていうのかな、いつも行ってんの?」
虎徹が言葉を句切り区切り言いにくそうに切り出してきた。
「はい、最初に会った場所ですね…?」
「うん…」
「実を言うと、これからどうするか悩んでいます」
大仰に溜息を吐いてみせる。
「あそこは後腐れ無く一夜の相手を見つけるのには最適なんですけど、ヒーローとしてデビューして顔と名前を一般に公開してしまいましたからね、…行けば素性がばれてしまいますよね…」
「だよぁ。……じゃ、もう行かない?」
おずおずとした雰囲気で虎徹が問い掛けてきた。
「そうですねぇ、行きたくはないんですけど。…でも僕も性欲はありますからね、困っています」
さらりとそう言うと虎徹が微かに目元を染めて目を伏せた。
「女性が相手なら、いくらでも口の固い女性とか女の子とかいるんでしょうけど、僕の場合は相手が男ですからね…。なかなかそういう相手も見つけられないし、かと言って女の子を抱きたいわけでもないし…」
そう言って虎徹を覗き込むと、虎徹がぱちぱちと瞬きをして困惑したように『そうだな』、と頷く。
バーナビーは更にもう一歩踏み込んでみた。
重ねていた指を絡めて握ると、自分の方に引き寄せる。
虎徹の手の甲に柔らかく唇を押し当てながら、上目使いに虎徹を見る。
「それでおじさん、……あなたとなら一度した事があるし、僕としてはとても助かるんですけど…。あなたとならなんの問題もないと思って…。……部屋、いきませんか?」
手の甲にちゅっとリップ音をたててキスをして、その手をテーブルの上に戻す。
「…………」
虎徹が更に眉を寄せた。
どうしていいか分からないというように目を伏せ、テーブルの上に置かれた自分の手を見つめている。
かたり、と小さな音を立てて、バーナビーは椅子を引いて立ち上がった。
「僕、先に部屋に行って待っています。あなたが来なければ、それはそれでかまいません。そのままホテルで休みますので。このバーの支払いは済ませてあります。あなたはこのまま帰って良いんですよ。好きにしてください。これが部屋のカードキーです」
そう言ってジャケットのポケットから銀色に光るカードキーを取り出すと、虎徹の目の前に置く。
「それじゃ…」
「あ、おい…!」
何か言いかけようとする虎徹を右手を挙げて遮ると、バーナビーはそのまま虎徹を置いてバーを出た。










出てエレベータで下の階に降り、予約しておいた部屋へと行く。
部屋はゆったりとしたツインルームで、大きな一枚窓の外はシュテルンビルトの美しい夜景が余すところ無く見え、重厚な大きなベッドが二つ、真ん中に上質なスタンドを挟んで置かれている。
バスルームも一面窓に囲まれていて、湯船に浸かりながら煌めく夜景を鑑賞できるようになっていた。
部屋に入って軽くシャワーを浴び、備え付けのバスローブを羽織る。
フリーザーからペットボトルを取り出し、それを持って窓際のロッキングチェアに座り、冷たい水を少しずつ飲む。
そうして窓の外の夜景を眺めながら待つこと10分程。
カチャ、と微かな音がして部屋の扉が開いた。
虎徹だった。
相変わらず眉を寄せ、困ったような表情をしていた。
「おじさん、…シャワー、浴びます?」
彼が部屋に来たからには、もうそれ以上話す言葉も思い浮かばなかった。
あとは行為に至るだけだ。
ソファから立ち上がって虎徹をバスルームに誘う。
押し黙ったまま虎徹がバスルームに入っていく。
その後ろ姿を眺めながら、バーナビーは豪華なベッドに一つに腰を掛け、予め用意してきたコンドームとジェルのチューブをベッドヘッドに置いた。
緊張しているのだろうか。
胸がざわめく。





BACK   NEXT