◆すれ違いあっちこっち◆ 8




その日も帰りは虎徹を車に乗せ、帰りがけ行きつけのカフェで夕食を済ませて、バーナビーは自宅マンションへと戻ってきた。
「虎徹さん、シャワー浴びますか?」
「あー、そう、だな。うん、じゃお先に…」
虎徹がシャワーを浴びている間に、昨日のように焼酎とつまみを用意する。
「虎徹さん、これ飲んでいてくださいね?」
そう言ってバーナビーは自分もシャワーを浴びた。
虎徹の方から来たいと言ってきてくれたのが嬉しくて、シャワーもそこそこに部屋に戻る。
虎徹はソファではなく部屋の段差の所に腰を掛けて、ぼんやり窓の外の夜景を眺めながら焼酎のグラスを傾けていた。
バスローブから覗く脚や、はだけた襟元が眩しい。
いそいそと自分もワイングラスを片手に、虎徹の隣に座る。
「虎徹さん…」
名前を呼びながらキスをしようと顔を近づけると、
「……ちょっと…」
虎徹が顔を背けて身体を少しずらしてバーナビーから離れた。
「…虎徹さん…?」
「あー、そのさぁ、バニーちゃん。……ちょっとはっきりさせておこうと思って…」
「……え?」
虎徹が焼酎を揺らし溜息を吐いて言ってきたので、バーナビーは眉を寄せた。
「なんですか、虎徹さん?」
「バニーちゃんさぁ、そのさ、俺みたいなおじさんからかったり、それからさ、変に優しくしたりしてさ、…なんか、俺で遊んでるの?……おじさんで遊んで、楽しい?」
「……え?」
不意に思いもよらないことを言われて、バーナビーは一瞬返答に詰まった。
遊んでいる……つもりなどない。
なんだろう、そういう風に思われていたのだろうか。
あんなに昨日親密に愛し合った…はずなのに。
胸に虎徹の言葉がぐさ、と突き刺さる。
突き刺さってそこから切り裂かれていくような気がした。
「遊んでるつもりはありませんよ、虎徹さん…」
痛む胸を庇うように低い声で答える。
虎徹が眉を微かに寄せた。
「じゃあなに?…バニーちゃん、おじさん趣味のゲイ、とか?いやまさかだよねぇ…」
虎徹が肩を竦めて苦笑する。
「バニーちゃんさ、俺が催眠術バカにしたから、ちょっと俺をからかってみただけだろ?まぁ、俺もおとなげなかったし、うん…。…昨日も言ったけど、別に、俺の身体とか減るもんじゃねーし…。や、そりゃびっくりしたけどさ、でも、別にそのー。…身体とか…」
顎髭に手を掛けて虎徹が視線を揺らす。
その様はやはり可愛くて、言っている内容は自分に対して酷い物であるにもかかわらず、バーナビーは虎徹の琥珀色の瞳に見とれた。
「まぁ、バニーちゃんがしたいんならいいかなって思ったんだけど。…おじさんみたいなのでもバニーちゃんが興奮するならさ…。バニー、楽しんでたみたいだったし。俺で役に立つなら…。……でもさ、会社とかで変に優しくされても困るんだよね。べたべたとか。……そういうの、おかしいだろ?」
しかし、そう言われて、すうっと頭から血が引いていく思いだった。
「僕は、………あなたのこと、好き、です……」
震える唇を開いて、切れ切れに言葉を紡ぐ。
必死の思いで出したそれは、しかし全く意味が伝わっていないようだった。
虎徹がきょとんとした目でバーナビーを見て、なんだそんな事知ってるよ、とでも言わんばかりに笑った。
「俺だってバニーちゃんの事、好きだよ?」
――違う。
どうしたらいいんだろうか。
会話が噛合わない事に苛立ちが募る。
バーナビーは瞬時に覚悟を決めた。
「僕はあなたとキスしたい、とかセックスしたい、という意味で好きなんです。恋愛感情で、好きなんです。分かります…?勿論、僕はゲイじゃありませんし、性欲を解消したいから、あなたとセックスしたわけでもありません。あなただから、したかった。好きだから。あなたの事が好きだったから。…催眠術もだから僕の願望を言ってみたんです。嘘でもいいから、あなたに好きって言ってもらいたかったから…。虎徹さん、好きです…。最初の時は夢のようでした。あなたから僕を求めて誘ってきてくれて。天国でした。昨日も…僕の腕の中で乱れてくれて…あなたがセックスの時にあんなになるなんて、想像もできませんでした…」
「…………」
自分のセックス時の狂態を思い出したのだろう、虎徹が顔を真っ赤にして俯いた。
「虎徹さん、好き…」
囁いて再度彼を抱き締めようとする。
虎徹がびくっとして後退った。
「もう、その話はやめようよ、バニー。あの時は、催眠術かかってたから…。……な?」
「虎徹さん…愛してます…」
後退る身体を無理矢理引き寄せて腕の中に抱き締めようとして、今度ははっきり拒絶された。
腕を突っ張らせて虎徹がバーナビーから離れる。
「駄目だよ、マジなのは、やばいって…」
虎徹が顔を背けてそう言った。
「どうして、ですか?」
拒絶されて、すうっと背筋が冷える。
「だってバニーちゃんは、そういう人間じゃないでしょ?」
「……そういうって?」
「こんなおじさん相手に恋を語るような人間じゃないって事。なんか勘違いしてんだよ。お前は、可愛い女の子と素敵な恋愛をして、幸せになるべき人間だよ」
「…僕はあなたがいいです」
「……駄目だって…」
虎徹が目を伏せ首を振った。
「バニーちゃんがマジなら、もう、俺はお前とやれねーよ。ここで終わり」
「……虎徹さん!」
瞬時にして心臓が竦み上がった。
悲鳴のように名前を呼ぶと、虎徹が琥珀色の瞳に拒絶と困惑の色を浮かべて見つめてきた。
「俺を困らせないでよ、バニー…」
「……あなたは」
「…俺と、やりたい?」
話そうとした所に押し被せるように虎徹が問い掛けてきた。
思わず頷くと、虎徹が眉を寄せたまま、バーナビーを覗き込んできた。
「だったら、マジな話は無し。俺のこと、ただからかうとか、遊びなら、いいよ。それなら…」
そう言って、ゆっくりと顔を近づけてくる。
間近に金茶色の瞳が潤んで、自分を映してくる。
動けないままでいると、柔らかくキスをされた。
虎徹が身体を擦り寄せてきた。
「実言うとさ、一昨日すげー気持ち良かった。あれ、初めてなのにな。でも気持ち良くて俺死にそうだった、マジ。だから、昨日もセックスに応じたんだと思う。バニーとのセックス、すげー気持ち良くて天国にいっちゃいそうだったよ」
蕩けるような声音でそう言われて、嬉しいと思う気持ちと、でもこの人は自分を拒絶したのだという気持ちと相反する気持ちがせめぎあって頭が混乱する。
呆然としたまま口付けを受ける。
ちゅうっと唇を吸われ、虎徹の舌がバーナビーの唇をなぞってから離れる。
「バニーとのセックス、すげー好きだと思う。でも、…マジなのは困るんだ。…バニーちゃんがそういう事さえ言わなければ、俺、バニーとセックス、したいよ…?」
柔らかく情欲の籠もった声音。
熱い吐息とともに施される口付け。
頭の中は混乱して困惑しているのに、でもこんな風に虎徹に擦り寄られて誘われて、我慢ができるはずもなかった。
「……バニー、ちゃん、どうする…?」
掠れた甘い声で聞かれて、バーナビーはこくこく、と頷いた。
「わかり、ました…」
「……そ?良かった……バニー、じゃあ、抱いて…」
虎徹が角度を付けて深く唇を重ねてくる。
身体が擦り寄ってきて股間を絶妙に刺激される。
脳内が瞬時に沸騰した。
堰を切ったように押し寄せてくる欲情のままに、虎徹を強く抱きすくめ、押し倒す。
床の上だったが、ベッドへ運ぶ余裕もなかった。
物も言わずに虎徹の着衣を剥ぎ取り全裸にさせると、自分もズボンを脱ぎ捨てて虎徹に圧し掛かる。
「バニー、ちゃんっ、すげ、がっつきすぎっ…」
虎徹がくすくすと笑いながら足を開いてきた。
頭に血が昇る。その血がすっと股間へ流れていき、くらくら眩暈がする。
はぁはぁと息を荒げながら、つまみにと持ってきていたチーズに盛りつけられていたマヨネーズをたっぷりと指にすくって、その指を虎徹のアナルに突っ込む。
「ひぁっっ!あ、あっ、バニー、ちゃんっ、す、げぇっっ!」
虎徹が顎を仰け反らせる。
ぐちゅぐちゅと指を埋め込んで慣らせば、アナルはすぐにバーナビーの指を悦んで、中へ中へと引き込むように蠕動した。
ぐり、と内部を抉ってしこりを擦ってから、バーナビーは自分の猛った肉棒で虎徹のアナルを貫いた。
「あぁっっっ!…や、ぁ…っ、す、げ、イイっっ!」
がくん、と虎徹が後頭部を床に打ち付けて悲鳴を上げる。
その悲鳴も、息づかいも、全てがバーナビーを猛らせた。
もう、先程まで何を考えていたのか、何に悩んでいたのか、何に懊悩していたのか……、全て吹っ飛んでしまった。
ただ目の前の肉欲に屈服し耽溺し、我を忘れてセックスに没頭するだけだった。





BACK   NEXT