◆茨の冠◆ 23
その日はそのまま虎徹はバーナビーの部屋に泊まった。
シャワーを浴びて一緒に寝て、次の日の朝までバーナビーは癒され、心も落ち着き幸せだった。
虎徹の顔を見て、彼の目を見る。
笑顔を見て声を聞く。
そうすれば心が浮き浮きとして嬉しくて幸せで、思わず笑いが漏れる。
虎徹が頭を撫でてくれる。
甘やかなものが胸の中に満ちあふれる。
虎徹に抱き締められる。
身体の芯がじんと熱くなって、幸福感が溢れる。
そうやって朝一緒に食事をして、笑いあった。
出勤の前に虎徹が自分のアパートに帰るというので自分の車でそのまま送り、また車に乗せて一緒に出社した。
このままずっと一緒にいたかった。
そうすれば申し分なく幸せでいられた。
けれど、仕事の時間に仕事をおざなりにして、二人で一緒に居るわけにも行かない。
自分に取材が入れば虎徹とは離れる。
昨日の夜から朝まで一緒に居て、幸せだったはずなのに、虎徹と離れた途端にバーナビーは不安が自分の心に忍び寄ってきたのを感じた。
幸福な気持ちがあっという間に侵略されて、不安一色に塗り変わっていく。
虎徹が自分の目の見えない所に居ると、不安になる。
―――他の人と、自分よりも楽しく話しているんじゃないか。
もしかしたら、素敵な女性と出会っているのではないか。
……自分なんかよりも素敵な人は、たくさんいる。
そんな人と虎徹が出会わないとも限らない。
……もしかしたら、もう自分とはセックスをしないと思っているかも知れない。
自分を捨てようとしているかも知れない。
心の半分には、そんな事はない、虎徹の事を信じられないのか、と冷静に窘める自分がいる。
けれどその一方、そんな冷静な自分よりもずっとずっと強い激しい自分が残りの半分に存在して、不安でたまらない、不安でたまらないと訴えてくる。
それでもバーナビーは、なんとか自分を自制しようと努力した。
この間のように、激高に任せて虎徹に当たり散らすような、あんな事はしたくなかった。
この間は許してくれたけれど、あんな事をしたら、虎徹が自分をいつ見限るとも限らない。
だいたい、あんな癇癪を起こすなんて、大人のすることではない。
小さな子供でないと許されないような、最低な行動だ。
もうあんな事をしないように、自分を制御しなければ。
バーナビーは心底からそう思った。
しかし、そうは思っても、どうしても感情が従わない。
虎徹と離れていると、彼が自分の知らない所で何をしているのか、心配でたまらなくなる。
自分がこんなに不安で苦しい思いをしているのに、そんな事を全く知らなくて、へらへらと笑っている虎徹が、……憎らしくてたまらなくなってしまう。
いや、駄目だ。
なんとか対処しなければならない。
自分から努力して理性的な行動をしなければいけない。
バーナビーはそう思った。
例えば――…。
そうだ。
虎徹と飲みに行く時には、自分も参加すればいいのだ。
あるいは、自分の方から誘えばいいのだ。
この間怒りが爆発してしまったのは、虎徹が他のヒーローと飲んで楽しく過ごしているのに、自分だけなぜこんな辛い思いをしなければならないのか、という理不尽な憤りからだった。
そんな事が無いように、今度は自分から飲みに誘えばいい。
この間ロックバイソンたちと飲んだのだから、今日は自分と……。
そう誘うのはおかしくないだろう。
そう思ってバーナビーは昼前に、デスクで事務処理をしている虎徹に、『今日飲みに行きませんか』と声を掛けてみた。
「……今日?勿論、バニーから誘ってくれるなんて嬉しいなぁ」
だるそうにパソコンに向かってキーボードを叩いていた虎徹が、ぱっと顔を輝かせる。
心の底から嬉しそうにしている虎徹を見ると、バーナビーはうじうじと考え込んでいた自分が恥ずかしく思えた。
虎徹は優しい。
暖かい。
こうやって自分に対して、弾けるような笑顔を向けてくれる。
虎徹が嬉しそうにしている、その何倍もバーナビーは嬉しくなった。
勿論自分はそんな気持ちを表に出すのはためらわれるから、表面上はいつもの淡々とした態度でいる。
しかし、虎徹と確実な約束ができた。
今日は帰りに彼と二人きりの時間が持てる。
そう思うと仕事も捗ったし、虎徹を見て虎徹がその場にいなくても苛苛したりとか、不安になったりする事もない。
とても楽だった。
ところが。
午後の2時過ぎになって、突如バーナビーに取材が入った。
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