◆茨の冠◆ 26








虎徹の声の調子が違っていた。
厳しく相手を怒る、大人の声だった。
「慌ててきてみんだけど、……どうしたんだ、バニー?」
そう言われても、返事などできない。
元々、自分の身勝手な理不尽な呼び出しで、楽しく飲んでいた酒の席から無理矢理虎徹を自分の家に来させたのだ。
虎徹の表情を見て、バーナビーは爆発していた怒りが急激に冷えた。
(どうしよう……)
怒りの代わりに狼狽が心に押し寄せてきた。
――どうしよう、どうしよう……!
虎徹に嫌われたのではないか、……もう、自分の事を嫌いになったのではないか。
頭の中で『嫌われた』という言葉ががんがんと響いてリピートされる。
どうしよう――!
どう考えても自分の行動はおかしい。
こんな事をして、嫌われないわけがない。
こんな自分に愛想を尽かしてしまうに違いない。
もう二度と、声を掛けてもらえないかも知れない。
どう考えても、それが当然の結果であるような振る舞いをしてしまった。
……どうしよう…………!!
「……帰る」
冷たい声だった。
虎徹が肩の埃を払って、バーナビーを見る。
落ち着いた理性的な、なんの感情もこもっていない、……そんな目だった。
全身の血がすうっと引いて、バーナビーは倒れそうになった。
「……帰らないで…!」
思わず叫んでいた。
叫びながら、虎徹の背中にすがった。
涙が一気に溢れてきて、視界がぼやける。
鼻の奥がつんと痛くなって、全身がまた熱くなる。
「ごめんなさいっ!」
嗚咽混じりにバーナビーは叫んでいた。
「ごめんなさい、ごめんなさいっっ…!」
譫言のように何度も繰り返しながら虎徹の背中にすがり、両手を回して抱きつく。
涙が後から後から溢れてくる。
鼻水も出て、顔中ぐしゃぐしゃになる。
顔と同じく、いやそれより酷く心の中もぐしゃぐしゃで、どうしたらいいか分からなかった。
ただただ聞き分けのない子供のように泣き叫んで、虎徹にすがりつく。
自分がどんなにみっともない醜態をさらしているか、分かっていた。
でも、そんなことを気遣う余裕などなかった。
泣き叫び鼻を啜り上げしがみついていると、虎徹が身体の向きを変えてきた。
眉を寄せ眉尻を下げ、困ったような、呆れたような顔をしていた。
そんな表情をされても、涙も止まらなければ震える身体も治まらなかった。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
繰り返しながら、鼻水と涙でぐしゃぐしゃになった顔を虎徹に押しつけキスを強請る。
虎徹が小さく溜息を吐き肩を竦め、眉尻を下げてバーナビーを見つめてきた。
のぞき込みながら、そっと抱き締め返してくる。
唇が近づいてきて触れ合う感触に、バーナビーは目をぎゅっと閉じた。
暖かかった。
触れ合った所からまるで魔法のように、不安な気持ちや狼狽が消えていく。
居ても立っても居られない焦燥感も、淡雪のように解けて消えてゆく。
頭の中が真っ白になるようで、夢中になってキスを返し、そのまま何かに取り憑かれたように虎徹の股間をまさぐる。
虎徹のネクタイを引き抜き、シャツのボタンを引きちぎるように外し、ズボンのベルトを外して、彼の裸の胸に自分の身体を押しつける。
もどかしく自分も着ていた服を脱ぎ、虎徹に再び抱きつく。
虎徹も、何も言わなかった。
そのままもつれるようにして寝室へ行き、全裸になる。
ぐすぐすと泣きながら脚を広げると、虎徹がベッドサイドからローションを取ってバーナビーのアナルを濡らしてきた。
バーナビーも、泣くだけで何も言わなかった。
虎徹も何も言わずにバーナビーのアナルを解すと、そこにペニスを突き入れてきた。
お互い一言も発しなかった。
嗚咽と荒い息づかいとベッドの軋む音と、繋がった部分からの粘着質な水音、それが寝室に響く。
そんな音だけを聞きながら、ひたすら与えられる快感を貪る。
虎徹の硬い肉棒が内部を穿つ度に、ささくれだってとがっていた心の中が甘やかに蕩けていく。
得も言われぬ幸福感が、込み上げてくる。
「あっ…う……ッ、んんッッッ!」
揺さぶられ声を上げ顔を左右に振る。
ぐしゃぐしゃになった金髪を、シーツに擦りつけて喘ぐ。
ぎしぎしとベッドが撓る。
ズシンッ、と内部を抉られ、閉じた目の裏に閃光が光る。
イライラや不安や煩悶が嘘のように溶けて、ただただ気持ち良かった。
夢のようにゆらゆらと幸福で、全身がぽわっと熱くなる。
虎徹の息づかいが耳に聞こえる度に聴神経がふわっと融け、虎徹の匂いを嗅ぐ度に脳細胞がとろりと溶けていく。
あんなにイライラして不安だったのに、その分それが跡形もなく消え去って、ただただ心地良く快感の波にたゆたって、全身とろとろに蕩けてしまいそうだった。
「あぅ…あっあっ…――ッツ!」
一際深く穿たれ、内臓全てを溶かすように虎徹の精液が注がれる。
幸福の奔流だった。
下腹部から全身に震えが伝わって、幸せで幸せで何もかも全部虎徹の中に溶けていくようだった。
一体自分は何に怒っていたのか。
なんであんなに不安だったのか――……。
―――分からなかった。
自分の事が分からない。
自分の気持ちも理性も、信じられない。
自分は一体どうなってしまったのか……。



でも、セックスの喜びの前に、バーナビーの理性は考えることを放棄していた。




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