◆茨の冠◆ 27
次の日。
会社で虎徹に、苦笑混じりに『バニーちゃん、大丈夫?』と聞かれて、バーナビーは『昨日はすいませんでした』と頭を下げた。
昨日、セックスの後、虎徹はバーナビーを風呂に入れ後始末をして、寝るまで帰らないから、とバーナビーを寝かしつけてくれた。
その時は、自分の気持ちが嵐のように荒れ狂っていたので、正直な所あまり記憶がない。
それで、次の日どんな顔をして虎徹に相対すればいいのか、バーナビーには分からなかった。
どうしようかと思ったまま、恐る恐る出社してきたが、心配は杞憂に終わったようで、虎徹はいつもと同じようだった。
バーナビーを見てちょっと困ったように眉尻を下げて笑って、それでおしまいだった。
そこでほっとしただけでは、全く物事の解決になっていない事は分かっている。
昨日の自分は自分からみても正常ではなかった。
異常だった。
おかしかった。
自分が全く制御できなくなって、まるっきりおかしくなっていた。
どうして虎徹の事となると、そんな風になってしまうのだろうか。
今まで、他人の事で自分の気持ちが制御しきれなくなってしまう事などなかった。
あんな風に感情だけ爆発して、全く正常な人間とは思えないような行動をしてしまう事など――。
自分でも、自分がおかしいのは十分に分かる。
それなのに、どうしても不安を抑えることができない。
不安が起こると、いても立ってもいられなくなる。
抑えるどころか、不安が不安を呼び、ますます加速して、まるで自分が発狂したようになってしまう。
………発狂。
そうだ……。
自分が自分でなくなって、気が狂ったようになる。
制御できなくなって、どうしようもなくなる。
あの時、もし虎徹が自分の家に来なくて所在不明だったら、自分はどんな行動に出ていたのだろうか。
理性的な行動を取れる自信は、全く無かった。
今まで24年間、内面はともあれ、表向ききちんとした人間として生活をしていたのに。
バーナビー・ブルックスJr.として父の名を汚さないように生きてきて、ヒーローとしても十分に活躍出来て念願の復讐も果たした。
天涯孤独になっても挫けず、自分の人生を自分で確立してきた、はずだった。
なのに、それがすっかり崩れてしまった。
虎徹のほんの些細な一挙手一投足に、自分が振り回される。
自分が自分でなくなって、まるで小さな生まれたばかりの赤子が親に見捨てられたような、そんな切羽詰まった気持ちになる。
そう、……虎徹にもし見捨てられたら自分は死んでしまう……、そんな恐怖が襲いかかってきて、どうしようもなくなる。
――怖かった。
自分が壊れてしまいそうな気がした。
自分を自分として保つ自信が無かった。
どうしたらいいのか、分からなかった。
勿論、虎徹にそんなつもりが……自分を見捨てる、などという気持ちがないのは分かっている。
けれど、……もし、虎徹が自分を捨てたら―――。
昨日だって、あんな酷い、……自分だって呆れ果ててしまうような行動を取ってしまった。
虎徹が昨日の事で呆れなかったのが不思議なくらいだ。
彼が、優しいからだろう。
けれど、あんな事を続けていたら、虎徹だって、我慢の限界が来る。
いつ、自分を捨てるか分からない。
捨てて当然だ。
あんな酷い、聞き分けのない自分に付き合っていられる人間なんて、この世に存在しない。
自分でさえ、自分が嫌になるのだ。
捨てるのが当然だ。
そう思うなら、もう二度と、あんなばかげた狂人のような振る舞いをしなければいい。
あれさえしなければ、いいんだ。
………と、思うのに、そう自分を制御しきれる自信は全く無かった。
きっとまた些細な事――虎徹と連絡が取れなくなったり、虎徹の所在が不明になったり、虎徹がいなかったり――したら、自分はあっという間に昨日のようになってしまう…。
……そう思った。
もしそうなったら、どう考えても、自分は捨てられるだろう。
それまでいかに虎徹が自分に対して優しくて自分を思ってくれていたとしても、最後には絶対に呆れ果てて自分を捨てるに違いない。
それが当然だ。
でも、そう思うと、恐怖で目の前が真っ暗になるような気がした。
…………どうしよう。
どうしたらいいのか、分からなかった。
にっちもさっちもいかなくて、手も足も出ない。
八方塞がりの気持ちだった。
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