◆茨の冠◆ 28
それから数日後の夜中。
バーナビーは隣に寝ている虎徹を見て、まんじりともせずに思い悩んでいた。
あの後、運の良いことに、あんな風に激高して自分が自分で無くなるような感情の暴発を起こさずに済んでいる。
なので、虎徹ともなんとか穏やかに過ごせている。
今日も虎徹は一緒に夕飯を食べようと言ってきた。
夕飯を食べて、そしてバーナビーのマンションに来て、いつものように優しいセックスをして、こうして一緒にベッドに入った。
けれど、自分が正常と異常の紙一重の所で揺れているのが、バーナビーには分かっていた。
こういうふうに虎徹が傍に居れば幸せでほっとして心地良くて安心でで、……本当に幸福感に浸っていられる。
しかし、ちょっとでも違ったら、天国に居るような心持ちがあっという間に地獄に墜ちる事も分かっている。
――そう、虎徹がもしほんのちょっとでもいなくなったら。
きっと真っ逆さまだ。
そんな風に、……自分がまるで振り切れた振り子のように振り回されるのはたまらない。
耐えられない。
……いや、振り回されるのではない。
自分で自分を振り回しているのだ。
バーナビーは痛感していた。
虎徹は関係が無い。
自分の心持ちのありようが原因だ。
虎徹には何の責任も無い。
けれど関係が無くても、責任が無くても、虎徹の行動一つで狂ってしまう自分が辛い。
苦しい。
途方に暮れる。絶望する。
しかも虎徹は、バーナビーをそんな地獄に落としているつもりは全く無いのだ。
虎徹になんの意図もなくても、彼が平穏な普通の生活をしていても、――自分は地獄に落ちてしまう。
彼が普通の生活をしている限り、自分と連絡が取れない事は十分にあるし、所在が分からなくなることだって、普通に生活をしていればいくらでもある。
でも、自分はそれに耐えられない。
この間から虎徹は自分の精神状態を気にして、できるだけ所在を知らせるようにしてくれている。
けれど、そんな不自然な、虎徹にだけ無理をさせるような生活が、いつまでも続くはずがない。
こういう生活に息苦しさを感じて、虎徹が離れようとする可能性も十分に考えられる。
そうじゃなくても息切れをして、普通の生活に戻る可能性はどう考えてもある。
そうなったら自分はまた、この間のように気が狂ってしまうのだろうか。
――辛い。
それは嫌だ。
苦しい……。
けれど、どう考えてもそうなってしまう。
自分が理性的に行動できて、もし虎徹と連絡がつかなくても正常を保てる自信は……全く無いのだ。
バーナビーは、隣に寝ている虎徹の寝顔を覗き見た。
窓から差し込む薄い夜の光に照らされて、長い黒い睫が少し震えていた。
形の良い、すっと高い鼻梁。
半開きのぽってりした、桃色の唇。
時折漏れる、小さな吐息。
安らかに眠っている虎徹を見ると、バーナビーは胸が詰まった。
鼻の奥が痛くなって、目頭が熱くなってくる。
哀しい。
辛い。……苦しい。
今、隣に眠っている虎徹をそのまま永久に、自分のものにできればいいのに――。
一生、自分の傍に居て欲しい。
自分だけのものに、したい。
他の人なんか、見て欲しくない。
他の人と、話もしてほしくない。
自分だけを見て、自分だけに笑いかけて、常に24時間、自分の傍に居て欲しい。
自分が虎徹と話したい時は、すぐに話しかけてきてくれる。
自分が虎徹を欲した時には、すぐに虎徹がそれに応えて自分を抱いてくれる。
自分が笑いたい時には、すぐに笑いかけてくれる。
頭を撫でてもらいたい時にはすぐに頭を撫でてくれて、頬にキスをして欲しい時には即座に頬にキスをしてくれる。
情熱的なキスが欲しい時にはすぐさまそれをしてくれて、優しく労るようなキスをして欲しい時にはすぐにそれをしてくれる。
そんなどう考えてもあり得ない状況、自分勝手きわまりない、おぞましいほど自分だけ幸せな状況、……それを夢見てしまう。
こうして生きている以上、絶対に無理だという事は分かっているのに。
――なのに、そうして欲しいのだ。
そんな事を願うという事自体、自分がおかしい。
まるで気が違っているとしか、言いようがない。
気持ち悪い。気が狂っている。
でも、……そうしてほしい。
虎徹に、他の人間を見て欲しくない。
ずっとこのまま、この部屋に閉じ込めておいてしまいたい。
顔を屈めて、寝ている虎徹の唇に、触れるか触れないか程度にそっと唇を寄せる。
触れさせて少し押し当てると、柔らかく暖かな感触が唇に伝わってきて、胸が痛くなった。
知らない間にバーナビーは、虎徹の首に手を掛けていた。
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